第41話 帰還パーティー
フリーダ達が帰って来たのは次の日の夜になっての事だった。
ヘストロアからやってきた兵はざっと8万ほど。
ヘストロアは内地で王都からも近く、立地がいいからこれほどの兵を集めてこれるのだろうか?
「遅くなってごめんね! フィン! ちょっと準備に手間取って」
屋敷の前でフリーダとサディー、そしてヘストロアの騎士が俺に謝ってくる。しかし、8万もの兵を集めるのは大変だろう。逆に1年で準備出来たことを褒めてもいいかもしれない。
「母上。この度はお疲れ様でした。さぁ、屋敷でパーティーの準備が出来ていますよ。僕たちも行きましょう」
「あっ、私はちょっと行けないかも。私が待っている馬車が遅れていて。カトレアもそっちにいるし……」
馬車が遅れている? 軍隊は集団行動が基本だろ? そんなことで大丈夫なのか?
若干引っかかった部分があったが、フリーダに付き合ってその馬車を待つのも退屈だ。先に行っているとしよう。
「そうですか……。分かりました。僕は先に行っていますよ」
「ごめんね。あとでいっぱい話しましょう!」
フリーダは小さく手を振って俺を見送った。
パーティーは屋敷の中庭で行われていた。
マリアとルーナがせっせと中庭に料理を運んでいる。
パーティーと言っても参加しているのはヘストロアの主となる騎士たちだけだ。他の兵たちはベルフィアの兵と国防任務の引継ぎを行っているらしい。
ヘストロア騎士以外にも様々な領地からも騎士たちが集まっているようで、そこからもヘストロアがいかに力を持っているかが窺える。ちなみにそう言ったヘストロア以外の騎士達にもヘストロアの軍服が支給されているようで、服装でどこの騎士かは見分けがつかない。
パーティーはバイキング形式で俺は肉を自分の皿に取り分けながら昨日の風魔法について思い出していた。
風魔法を使う移動技があんなに難しいなんて……。魔法を放つだけなら簡単なのに、それをコントロールしようとしたり、複雑な動きをさせようとすると一気に難易度が上がる気がする。結局
「おお! 坊ちゃま!参られましたか!」
昨日の事を思い出していると、俺を見つけたギュンターが俺に近づいてくる。
酒を飲んでいるのだろう、顔がほんのり赤くなっている。
「シリウス! 紹介しよう! こちらがフリーダ様の子でアレク様の甥にあたり、次期ベルフィア辺境伯になる、フィンゼル・ライ・ベルフィア様だ!」
ギュンターの隣から黒髪を短髪にし、ギュンターと同い年くらい、おおよそ30代後半から40代前半の人物が現れた。
「おお。こちらが噂の。お初にお目に掛かります。私はシリウス・アウクテュルス。ヘストロア公爵様に使える上級騎士でございます。こちらのギュンターとは若い頃からの仲でございます。どうぞお見知りおきを」
アウクテュルス…言いづらいな。
「シリウスはすごいんですよ! 坊ちゃま! 何てったって、アウクテュルス家と言えば、代々槍の名手で有名ですが、シリウスはその中でも抜きんでていると言われています! どうです? すごいでしょう!」
凄いでしょう! と言われてもシリウスが槍の名手とは分かったが、俺にはアウクテュルス家がどれほどの家なのかが分からない。
ピンと来ていない顔をしているのが分かったのか。シリウスが補足する。
「アウクテュルス家はデストレーザ流槍術の基礎を作った家系。いわばデストレーザ流槍術の生みの親でもあります」
それだけ言えばアウクテュルス家の凄さが分かると思ったのか、シリウスは黙ってしまった。
確かにデストレーザはエル・ティソーナと王国二大流派として称されている。その中で、デストレーザ槍術の創始者の家系ともなれば別格に凄い家系というのは分かる。
「それは、凄いな。それで?ライセンスの階級は?」
「今は師範代を仰せつかっています」
……。まぁ、分かってはいたけどね。それだけ凄い槍術の家系で、その中でも優れているのであれば、当然S以上で然るべきだろう。
「時にフィンゼル様。フィンゼル様は大切な者の為なら、ご自分の命を投げ出す覚悟はありますか?」
「なに?」
なんだ、急に?
「いえ。ただの雑談です。ちなみに私はあります。自分が忠誠を誓った主君の為なら、自分の命、プライド、尊厳。全てを捨てでも使える覚悟です。その覚悟……あなたにおありですか?」
普通に考えて貴族に対する質問ではない。
思うにこいつは俺を値踏みしている。仕える価値のある人間かどうか見ているのだろう。貴族の立場で回答を拒否するのは簡単だ。しかし、それでは信頼関係など築けるはずもない。こういう実力者とはぜひともいい関係を作りたい。
「そうだな……。その時になって見ないと分からないが、今のところは、何があろうと自分の命を
そういうと、あからさまにシリウスは期待外れの表情をした。俺としてはそういう反応が来ると分かっていたので、言葉を続ける。
「俺は自分の大切な者の為に命やプライドを捨てたりしない。だからと言って、別に見捨てるという意味でもない。俺は自分が出来る人間だと知っている。だからどんな困難に合おうとも、全てを俺が守って見せる」
ちょっと格好つけすぎたか? シリウスの表情を見ると何とも言えない顔をしている。この場での俺の評価が気になるところだ。
シリウスと話しているといつの間にかギュンターはいなくなっており、また別の騎士に絡んでいる。
あれは相当酔っているな……。
「何を馬鹿な事を言っているの! いい加減にしなさい!」
突然女性のヒステリックな声が聞こえた。
声が聞こえた方向を見ると、イザベルとその息子であるユージンが言い争いをしている。
「母上、何度も言わせないで下さい。僕はここに残り、国境の防衛に努めます。父の仇を撃たねばなりません」
「どうしてそんなことを言うの? 私たちの任務はここで終わりなの、一緒にブリステンに行きましょう?」
「いいえ。できません。父上はこの町で育ったのです。父上の故郷を守らねば、僕は死んだ時、どういう顔でお父上に会ったらいいか分かりません」
「何を言い争っているのですかな? 親子は仲がいいのが一番です。仲良くいきましょう!」
わっはっはと笑いながらギュンターが乱入してくる。
最悪だ……。
イザベラは先の大戦でギュンターを恨んでいる。そんなギュンターが酔ったまま乱入したら……。
イザベラはズンズンとギュンターに近づき、ギュンターの顔を思いっきり殴り飛ばした。
「ぼぐぅ!」
そんな声を上げながら5メートルほど殴り飛ばされるギュンター。
酔っているとはいえ、あのギュンターを殴り飛ばすとは……。
更に殴ろうとギュンターに近づくイザベラ。
流石に周り騎士が止めに入る。
「なに! なによ! なんで止めるのよ! あいつのせいでスタンリーは!」
イザベラは発狂しながら、抑えに入っている騎士から必死に逃れようとする。
まぁ、今回はギュンターの自業自得。スタンリーの戦死についてギュンターの責はないにも等しいが、イザベラに安易に近づいたのはギュンターが悪い。
「ギュンターさんが例え本当の事を言っていったとしても父上は死んでいましたよ」
俺がそう思っていると、思いもよらないところから救いの手がさし伸ばされる。
「ユージン……。何を言っているの……。こいつが情報をちゃんと教えていれば、スタリーは!」
「いいえ。 死んでいました。兵が持ち帰った情報を聞く限りでは、父上は数分持つことなく敗れています。こんなに実力差があったら、情報があろうとなかろうと、結果は変わっていません」
どうだろうな? 情報があれば戦いの作戦が組めるし、一概には言えない気がするが……。
「うっぐ、えっぐ、ううう……」
息子の言葉を聞き泣き出してしまうイザベラ。
「ユージンが残るなら私も残るわ!」
「いいえ。母上には休息が必要です。 ブリステンにお戻りください」
「うう、一つだけ約束して、絶対に生き残るって」
「はい。約束です。僕は絶対に死にません」
その日のパーティーは抱き合う親子を見守りながらお開きになった。
最後までフリーダは来ることはなかった。
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