第30話 呪印
奴隷商人の館に着くと、小太りな男に案内され、俺たちは大きなホールに通された。
「いやー、良かったです! 大人数でご来店されるお客様の為に、先日ここをリホームしたばかりでして……」
そんなどうでもいい話をし始める小太りの奴隷商人。
「して……この度は、騎士様が捕らえたエルフを買い取っていいと辺境伯様から窺っていますが……」
「ああ、だが、少し待って。この中から、坊ちゃまに一人選んでもらい、それを譲ってからにしてもらいたい」
ゲオルグが俺の事を坊ちゃま呼びし始めたのはともかく、あれだけ後悔しているのに奴隷にするんだな……。
少なからず犠牲が出ているというからもう後には引けないのだろうが……。
ここで、貰うことを拒否してもエルフは売られるだけだ。であるなら、一人でもそのような不幸に合わせないようにするのが俺に出来る最大の人助け。ここは素直に受け入れるとしよう。
そんな建前を考えていると、『どれに致しますか?』と、ゲオルグから声がかかる。
「んー、とりあえず目隠しを取ってくれないか?」
スレンダーと聞いていたエルフだが、出るところは出ている為、男か女かくらいは見分けられるが、そんなあからさまに『女だけ目隠しを取ればいいですよ』なんて言えるわけがないので、取り敢えず全員取って貰う。
肌の色などは拘束されていても分かるが、顔のつくりは目隠しされていると分からない。どうせなら、一番惹かれた者を貰いたい。
「畏まりました」
ゲオルグの部下たちが、一斉にエルフの目隠しを取っていく。
やはりというべきかエルフの顔は男も女も端正で整っていた。
しかし、目は鋭くギラ付いていて、こちらを睨んでいるように見えた。いや、実際に睨んでいた。当たり前か、平和に暮らしていた所を襲って引っ張って来たのだから。
目隠しを取ったエルフたちは何かを言っているが、猿轡のせいで何を言っているか分からない。
しかし、こんな反抗的なのに魔法の一つも撃ってこないな。魔法は詠唱などしなくとも使えるはずだが……。
「このエルフたちは反抗してこないのか?」
「はい。エルフ達には呪印の奴隷化という魔法をかけておりますので、一部の行動以外は制限されています」
呪印……闇魔法か。エルフ達の胸元をちらっと見ると、紫色に輝く小さな魔法陣が見えた。あれのことだな。
とりあえず男は無視し、三人の女を見比べる。
三人とも姉妹だろうか? 金髪で非常に似た顔つきをしている。
見比べると三人の中でも一番幼い顔つきの少女に目が留まった。幼いと言っても俺やマリアよりも見た目は成長している。12歳くらいだろう。
その子だけは他のエルフが睨んでくる中、目を下に下げ、この現実から目を背けているように感じた。
無理もない、こんな所に連れてこられて大変だろう。他のエルフが反抗的な目つきをしている中、こんな何もかも諦めた顔をされると保護したくなってくる。
「よし、俺はこのエルフに決めたぞ」
俺は早々に三人の女の中で一番幼い子に決めた。
顔つきは全員同じくらい美人だから、うだうだ考えて選んでもしょうがない。
何にしようか迷った時は、直感でスパッと決めるのが俺のモットーだ。
「畏まりました。それではフィンゼル様、手をお出し下さい」
ゲオルグの後ろに控えていた騎士が一歩前に出る
「こうか?」
俺が右手を前に出すと、その騎士は差し出した俺の手の上に手をかざす。すると、奴隷エルフが胸元に付けているものと同じ魔法陣が浮かび上がった。
「これで、このエルフの所有権が坊ちゃまに移りました」
「では商人。そのエルフを除き買い取ってくれ」
「承知しました」
「待て、商人」
「はい。なんでしょうか」
金を用意するために移動しようとする商人を、俺は呼び止める。
「他のエルフの買い手は付いているのか?」
「はい。いえ、正確にはまだですが、買ってくれるだろう宛はあるんですよ。エルフに金の糸目をつけない貴族がレーゼンバニア諸侯連邦にいますので」
小太りの奴隷商人は、機嫌よさそうに答えた。
そうか。宛があるのならしょうがない。買い手が付いていなかったら、時間をかけて金を作ろうと思ったが……。それに金の糸目をつけない奴が競争相手だと分が悪すぎる。
俺たちはゲオルグが金を受け取ったのを確認すると、引き取った奴隷エルフと一緒に館を出た。
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