KAC20233ぐちゃぐちゃ

@WA3bon

ぐちゃぐちゃ

「こ、これを……俺が?」

 自分で考え行動する。そんな人形を生み出す職人が集まる街、バンボラ。

 師匠の元から独立した俺は、ここでちょっとした店を開く一国一城の主だ。

 そんな新進気鋭の人形師たる俺なのだが、今ちょっとした危機に直面している。

「はい。その、マスターのお口にあうかと思いまして……」

 傍らでは、メイド服を着用した十歳くらいの女の子が顔を赤くしている。

 何を隠そう、彼女こそが俺の自信作である人形、ノワールだ。

 いくら自律行動が出来ると言っても、ここまで人間らしく振る舞うモノはそうない。と、俺は自信を持って言い切れる。


「……だからこそ、招いたこの事態、か」

 人形師として有能過ぎることが、今だけは恨めしい。

「あ、あの。どうですか? 私が初めて作った……お料理?」

 そう。料理なのだ。今俺の目の前に置かれている物体は。

 言われるまではそう思わなかった。てっきり、顔見知りの錬金術師が何らかの生成物を卸しに来たのかと思ったくらいだ。

 一言で言うのならば……ぐちゃぐちゃ。それ以外に一切の形容を許さない、断固としたぐちゃぐちゃっぷりである。

「ふむ。見た目は……あり、だな」

「本当ですか!?」

 嘘はいっていない。なんかこんな料理が遥か東の方には実在すると聞いた事がある。

 なんだったか、モンジャヤキとかいうらしいが?


 ──それより何より問題なのは……。

 ノワールの反応である。

 見た目を褒めた、つもりはないのだが、否定しなかっただけで小躍りをしているではないか。

 よほど嬉しかったのだろう。微笑ましい限りだ。

 ……このあと、眼前のぐちゃぐちゃを口に入れるという未来がなければ、の話ではあるが。

 もし食べることを拒否したり、あるいは吐き出そうものなら……どうなるか? わかったものではない。が、何にしろ好ましくない事態であろう。それだけは確かだ。

「あの、マスター?」

 そんな俺の逡巡を知ってか知らずか。ノワールは俺の顔を、不安げな表情で覗き込んでくる。タイミリミットだ。


「ええい! まま……よ……?」

 どのみち食べなければならないのなら腹をくくるのみ。

 その真理に到達した俺は、スプーンを手にするとぐちゃぐちゃに突き立てる。そうして掬い上げた……つもりだったのだが。

 カチャン!

 予想に反した硬質な音が返ってきたではないか。

「な!? ないぞ? どこへ行った!?」

 ない。ぐちゃぐちゃはその姿(といっていいのか?)を消していた。俺のスプーンは虚しく皿を叩くのみ、である。


「マスター! 上です!」

「うおっ!」

 ノワールの声で見上げると、眼前にぐちゃぐちゃが迫ってくるところであった。すんでのところで身をかわす。

「お、襲ってきた……のか?」

 料理が襲ってくる?

 自分でも何を言っているのか理解できない。が、状況を冷静に見るのならばそうとしか言えない。

「そんな! あれはマスターのためのお料理なんですよ!」

 言うが早いか、ノワールはおたまを片手にぐちゃぐちゃに飛びかかる。

 見た目こそ十歳の少女だが、その筺体は十重二十重の魔術回路で強化されたシロモノである。

「や、やめ!」

 電光石火。鎧袖一触。様々な言葉が浮かぶ中──あっという間に俺の店は荒らされていった。

 逃げ惑うぐちゃぐちゃと、それを追う俺の自信作によって……。


「逃げられてしまいました! 一生の不覚です!」

 一体どれだけの時間、俺の店は蹂躙されたのだろう?

 放心していると、ノワールの涙声が聞こえてきた。

「そう落ち込むな。まぁこういう運命だったんだよ……」

 うなだれるノワールの小さな方に手を置きながら、なにかそれっぽいことを口にする。

 考えようによっては、あんな正体不明の物体を口にしなくて良かったとも言える 

 店は金で直るが、俺の身体はそうもいくまい。

 ──中から腹を食い破られてたかもな……。

 謎のぐちゃぐちゃに体の内側から食い破られた、ぐちゃぐちゃな俺……。

 そんな想像をするだけで背筋が粟立つ。


「でも……お店をこんなにして申し訳ないです……」

「もうぐちゃぐちゃは懲り懲りだよ……」

 言いながら、修繕にいくらかかるのか? 冷静に見積もりながら、再び背筋が凍りつくのであった……。

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