ぐちゃぐちゃランドセル

冲田

ぐちゃぐちゃランドセル

「ただいまぁ!」


 学校から帰ってきてまず一番にやることは、玄関にランドセルをほうり投げること。それからもう一度、元気にごあいさつ。


「いってきまぁす!」


「ちがうでしょ!」


 すかさず、お母さんの声が飛んできた。「お帰りなさい」も言わせずに飛び出そうとした僕は、ぎくりと立ち止まった。


「今日こそプリントを出してね。いっぱい、たまっているはずよ」


 おとなしく言うことを聞いたほうが出発が早くなるって、僕は知っている。

 ランドセルをあけると、連絡帳にはさまったプリントを数枚取り出した。

 それから、さんすうのノートにはさんだ小テスト、小さく折りたたんだ紙切れがふでばこの中から。

 ランドセルの底から、じゃばらになって積もったプリントのかたまりもでてきた。


「もらったその場で全部ファイルに入れておけば、こんなことにはならないのよ」


「ちゃんと全部ファイルに入れたつもりなんだけどな」


 お母さんはまったく信じていない顔をしていたけれど、本当なんだ。

 ものすごく不思議なんだけれど、気づかないうちにプリントはランドセルのあっちこっちに散らばってしまう。


 それだけじゃない。授業がはじまって、さあいざふでばこをあけると、鉛筆が入っていない。

 家で宿題をやった時にはあったのに、と思って、ためしにお道具ばこの中を見ると、何本か見つかる。


 ズボンのポケットから消しゴムが出てきたり、給食袋から定規が発見されたこともある。

 学校で見つかるならいいけれど、あとで家でみつかるようなこともある。

 そうすると、「忘れ物が多いですよ」と先生に注意されて、連絡帳にも書かれ親の知るところになるのだ。


 そんなある日のことだ。今日はお母さんに言われる前にプリントを出してしまおうと、家に帰ってすぐにランドセルをあけた。ふと中をのぞいてみると


 ──なにか、いる?


 カブトムシくらいの大きさのソレは、せっせ、せっせと、ファイルからプリントを取り出して、ぎゅうぎゅうとランドセルの底に押し込んでいる。

 目をこすってよくよく見ると、謎の生物? は、次のプリントを取り出して今度は小さく折りたたみはじめた。

 じぃっと眺めていると、謎の生物と目が合った。


「君は、だれ?」

「おいらは、かばんに住んでる妖精さ」

「どうしてプリントをぐちゃぐちゃにしているの?」

「ぐちゃぐちゃが、おいらにとって快適な空間だからだよ」

「鉛筆をお道具ばこに入れてたのも、君?」

「ふでばこの中で寝ようと思ったら、硬いし、とがって痛いし、じゃまだったんだもの」


 一度姿を見たからだろうか。それからは妖精さんをよくみかけた。

 朝の学校や帰ってきた家でランドセルを開けた時は、だいたい現行犯だ。

 からっぽのふでばこの中で寝ているのも見た。

 そして、どんなに頼んでもぐちゃぐちゃをやめてくれない。


「もう、いいかげんにしてよ!」


 がまんならなくなった僕は妖精に向かって怒った。


「君のせいでしかられるし、すっごく迷惑なんだ。今すぐ出てってよ!」


「でも、おいらはこのランドセルと君のことが、大好きなんだ」


「知らない! 僕は大っ嫌いだ!」


 妖精さんは悲しそうな顔でしゅんとすると、ランドセルからぴょんと飛び降りて、それから二度と見ることはなくなった。


 妖精さんを追い出すと、小言をいわれなくなって、ものすごく平和だった。

 けれど、だんだんとなんだか寂しくなってきた。

 整然としたランドセルの中を見るたびに、プリントをぐちゃぐちゃにする妖精さんの姿を探してしまう。


「ごめん、ごめんね。ひどいこと言って、ごめんね」


 もうここにはいないかもしれないけれど、僕はランドセルの中に向かってつぶやいた。


「あらぁ? 家の鍵、どこいったかしら」


 買い物から帰ってきた玄関先で、お母さんがカバンを必死にゴソゴソとしていた。

 そういえばさっきも財布の中からポイントカードが見つからなかったし、最近ゴソゴソが多い気がする。

 ひょっとして……と、僕はお母さんのカバンに目をこらした。


 いたずらっぽく笑う妖精さんと目が合って、僕も思わずにやりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぐちゃぐちゃランドセル 冲田 @okida

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ