第22話 ど近眼魔女は決意する
こうして王子を無事に捕獲出来たのだが……。
「結局、詳しい事は何も知らなかったわね」
王子、役立たず。である。
あれから王子に詳しい話を聞こうとしたのだが、一緒に戻らない私への文句と、自分の地位を乗っ取ったとか言う、新しい王子への不満をけたたましく叫ぶばかりで話にならなかったのだ。とにかく隣国は不気味な神獣をこっそり信仰しているらしいとか、その新しい王子が実はこの国の国王と隣国の王女の間に出来た国王の隠し子だったらしいとか……いや、それそこらへんで叫んじゃダメな情報!まさか王家がそんな事になっているとはさすがに驚いたが。とにかく、その隣国の事を調べてみるしかないだろう。せっかくのヒントなのだから。
それにしても、なんで廃嫡された人がそんなことを知っているのか不思議に思ったのだがどうやらその新しい王子がこの元王子に暴露したらしい。その王子が言うには、自分は母親の妊娠出産から極秘扱いにされて本当は王子なのに存在すら秘密にされて育って苦労の連続だった。母親も婚約者もいないのに妊娠したふしだらな女としてレッテルを貼られ王家の生まれなのに蔑まれ続け心労で早くに亡くなってしまったそうだ。自分たち母子はこんなに酷い目にあっているのに聞こえてくるのは異母兄弟のワガママな振る舞いの情報ばかり。そしていつしかその異母兄弟を憎むようになり、いっそ暗殺してやろうと思い立ってこの国に来たのだとか。確か隣国はどんな事情であれ墮胎が禁止されているはず。不幸になるとわかっていても産むしか無かった王女はさぞかし悩んだことだろう。しかし、あのイベントの暗殺者にそんな事情があったとは……。そりゃ突然狙われるわけよね。まぁ、悪いのは全部国王なんだけど!
しかしこの馬鹿元王子は、なんで私が戻ったら王子の地位も元に戻せると思ってるのかしら?私は死んだことになって公爵家はお見舞金までもらってるのよ?それを今更、実は生きてましたってまた婚約者になったらそれこそ王家に嘘をついたとかなんとかで今度こそ死刑にされるに決まってるわ。公爵家も取り潰されるし、もちろん王子も騙された愚か者として廃嫡よりもっと酷い目に合うのに……。
「やっぱりヒロインと結ばれなかったからバッドエンドなのね」
あれだけ御膳立てしてあげていたのにまだ出会っていなかったなんて、ヒロインはどこへ行ってしまったのかしら?うーん、アグレッシブなヒロインだったからもしかしたらこの王子に見切りをつけて新しい王子と恋に落ちてるかもしれないわねぇ……。
「さて、とりあえず王子にもう用はないしお帰り願おうかしら」
足元に転がる元王子は顔から爪先まで全身を蔦でぐるぐる巻きにされてもごもごともがいている。この森特製の蔦なのでどんなにもがいても簡単に切れることはない。そして私が指をパチンと鳴らすと大根が元王子の顔の蔦をぐいっと引っ張り口元に隙間が開く。そして、元王子がまたなにか叫ぼうとする前に新しく作ったばかりの薬をドバドバと流し入れてやった。
「はい、飲み込ませてー」
『じぶん、だいこんあしなんで!』
大根に口をおさえられ「がぼっ?!ごくん!」と元王子が薬を飲み込んだのを確認するとそのまま竜巻で王城へと送り返してやったのだった。
「新しく作った忘却薬があってよかったわ。これで私に関することは全部忘れてこの眼鏡も諦めてくれるわね」
……本当は別の人に使うつもりで作った薬だったのたがまた作ればいいだけだ。それに、その時が先に延びた事になんとなくホッとしている自分もそこにはいたのたから。
それから数日後。元公爵家の侍女をしていた女性が、ぼんやりと空を眺めていた。
「……お嬢様、どうかお元気で」
その手元には透明な液体の入った小さな瓶がひとつ握られている。これは、ひと口飲めばとある魔女に関する記憶が消えてしまう薬だ。そして魔女を取り巻く人物たち……その女性にとって大切な人間たちの記憶が消えてしまうものだった。
魔女は言った。
「コハクの全てをちょうだい。髪の毛1本から爪先までよ。もうコハクはあなたの息子じゃなく私の所有物になるの。そしてハンナ、今後はあなたが森へ足を踏み入れることを禁ずるわ」
「……元よりコハクはお嬢様のものでございます。それに、ご命令とあらばお嬢様のお望み通りに二度と姿を見せたりいたしません。
ーーーーですから」
深く下げていた頭を上げたハンナの瞳は涙に溢れていた。
「ですから、その手に隠しておられる薬でハンナの記憶を消そうとするのはおやめください。わたしからお嬢様との大切な思い出を奪わないでください!」
「……コハクとは、もう二度と会えないかもしれないわ」
「あの子が決めたことなら母親として口を出す気はありません。なにより、コハクはお嬢様の側にいるとわかっておりますから心配などいたしません……ですから、どうか」
再び頭を下げたハンナを、魔女はふわりと優しく抱きしめた。
「うん、わかった。それじゃあ、ハンナは全部覚えていて。絶対に忘れないでね……」
「……はい、お嬢様」
そして、魔女の姿は消えた。ハンナの手に薬瓶だけを残して。もしも覚えているのが辛くなったら飲めということなのだろうと思ったが……ハンナが生涯それを飲むことはなかったそうだ。その後、一部の地域には雨が続いたそうだが、ハンナの住む地域は雲一つ無い晴れ間が続いていた。
そして、これまで密やかに囁かれていた森の魔女の噂がプツリと途絶えたのだった。
まるでその魔女が、自分の存在を消すと決意したかのように。
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