第21話 ど近眼魔女は情報を得る

『じふん、だいこんあしなんでーーーーっ!』



 無事に復活を果たした大根が、砂煙を上げながらいつものアスリート走りで森の見回りを再開していた。……以前よりスピードが上がってる気がするわ。というか、元々は野菜のはずなのにやたら力持ちだし足も早いし、いくら妖精だとはいえ変な大根である。


「復活した途端に元気ねぇ。あれって大根妖精の仕様なのかしら?」


「ピィ?」


 妖精については私よりも詳しそうなシロに首を傾げながら聞いてみるが、シロは私とは反対側に首を傾げる。どうやらわからないらしい。まぁ、野菜の妖精なんてこの大根しか知らないし比べようもないか。


 まぁ、それはそれとして。私には別に考えなければならないことがたくさんあるのだ。元気に走り回れるならば今のところ問題はないだろう。


「さて、どうしようかしら……」


 今の私の目的……それはもちろんコハクの為に専属聖霊を探し出すことだ。だが、どうやらこの不思議な森にそのお目当ての聖霊はいないようなのだ。もしかしたらまだ眠っていて聖霊として目覚めていないのかもとも思ったが、この森にいるのならばあの時のコハクの魔力の目覚めに反応しないはずかない。


 だから……旅に出ようと考えたのだ。


 しかし、その間はこの森のことをどうするか。そもそもどこへいけばいいのか。……悩みは尽きなかった。


 とにかく今出来ることは旅に必要そうな薬を作っておくこと。それに少しでも情報が欲しかった。あれほどの魔力を持ったコハクの専属聖霊ならば、かなりの力を持っているはずである。それこそ、私を超えるほどの。それならば、目覚めてはいなくてもコハクの魔力になにかしらの反応はしているはずだ。ーーーーどこかで天変地異とか起きたって噂とかないかしら?


「森の魔女を頼ってきた人に聞くにしてもそんなに頻繁にくるわけもないし、やっぱり聞き込みに行くしか……」


『じぶんっ!だーいこーんあーしなーんでぇーーーーっ!?』


「こんのクソ大根!きさまのせいで俺は酷い目に合ったんだぞ?!アリアーティアを連れ戻せなかったせいであんな目に……!!」


「あれは……!?」


 冷や汗をかきながら必死に逃げる大根と、やたら立派なおろし器をぶん回しながら怒りの形相で大根を追いかけ回している薄汚れてボロボロの服を着た人間……あ!アレって、もしかして王子じゃないの?!いや、なんでおろし器振り回してるの?!てっきりヒロインと出会いイベントを済ませてハッピーエンドになってるとばかり思っていたのに!


 ……というか、あの大根の弱点っておろし器だったのね。異様に怯えているわ。そして王子はなんであんなボロボロになって大根を追いかけ回しているのかしら?


「このあたりにアリアーティアがいるのはわかっているんだ!なんか雑草みたいな匂いがプンプンしてるからなぁ!!俺とアリアーティアの出会いを邪魔する土臭い大根など、この王家に伝わる黄金のおろし器で大根おろしにしてやるぞぉっ!!」


 ……王家に伝わるおろし器ってなんだろう。馬鹿なの?そのおろし器を作った昔の王家の人間は大根になにか恨みでもあったのだろうか。しかもなんだか久々に見た王子はやたらと独り言が多い気がする。まるでしばらく独房にでも監禁されていて久々に外に出た人みたいだ。ヒロインと結ばれてこの国の王太子として優雅に生活しているはずの王子にしてはなんだか違和感を感じた。


「ふはははは!なんとこのおろし器はその昔、埋まってる大根に足を取られて転んで泥だらけになり恥をかいた王家の先祖がその大根への恨みを晴らすために平民たちから金を搾り取って作らせた特注品でこのトゲトゲが絶対にすり減らないんだぁーーーーっ!」


 あ、やっぱり先祖は馬鹿だったわ。というか、そんなのがあるなんて王妃様から聞いたことなかったし(一応王子妃教育の一貫で先祖から伝わる宝については説明を一通り受けていたが、こんなのがあるなんて聞いていない)、たぶん王妃様も知らないくらい呆れられて忘れ去られていた物なのだろう。しかし、王子のテンション高いなぁ。


「あの日、なぜか捕まって牢屋に入れられたが俺は抜け穴を見つけて宝物庫に逃げ込んだのだ!そしてこのおろし器を見つけ、なぜだか不思議に嗅覚が爆上がりした!さらにこうして城から逃げ出せてまたこの森にやってこれたんだ!今度こそアリアーティアを連れ帰って母上に認めてもらうぞ!だが、その前に俺をあんな目に合わせた現況である大根を大根おろ……!!」


 なにやら興奮気味に語りながら走ってきていた王子だったが、次の瞬間……いきなり王子の足元に現れた巨大な落とし穴にヒュッと風を切るような音を立てて落ちていったのだ。


 ……けっこう深い。


『じぶん、だいこんあしなんで~っ』


 やれやれと言った感じで大根が額の汗を拭うような仕草をしながら私の元へトコトコとやってくる。どうやら作戦?だったようだ。


「あなた、こんな穴を作ることが出来たのね。もしかして大きな穴を作るために広い場所まで王子を誘導したの?」


『じふん、だいこんあしなんで!』


 王子の落ちた穴が開いてるのは少し拓けた場所だ。確かにこの大きさの穴を森の細道に開けたら周りの木もダメージを受けてしまうだろう。おろし器に怯えていたのは本当のようだが、それでもこの不審者王子をなんとかしようと頑張ってくれたみたいだ。


「く。くそぉ……!俺は負けないぞぉーーーー!アリアーティアさえ連れて帰ればいいはずなのに!なんだ、あんなやつ!俺は認めない!俺の代わりの王太子なんて絶対に認めないからなああぁ!あんな、よくわからない変な神獣を崇めている隣国の奴なんかにぃぃぃ!!」


「シロ!その王子を捕まえてーーーー!」


 なんか、色々とツッコミしたいところがありすぎたけれどそれ以上に聞き逃せない言葉を私は確かに聞いた。


 隣国が神獣を崇めているなんて初めて聞いた。だが、それがもしも隣国の王家が密かに崇めている神獣となれば……聖霊の可能性が大きいからだ。


 これは、ヒントゲットの予感よ!








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