一日目-3

 どれくらいそうしていただろうか。

 不意にララが身を起こした。

「もう大丈夫です、すっかり良くなりました」

 ありがとうございますと髪を撫でられ、閉じていた瞼に口づけを落とされる。今度はイクスが照れてしまいそうだったのを内心必死で誤魔化す。幾ら恋人同士と言っても、恋愛経験が全くないイクスにはどれも刺激が強すぎるのだ。

「じ、じゃあ、そろそろ行こうか」

「はい」

 再び鎧を装着し、蕩けた頬をララに見られないよう気を付けながらイクスは力強く一歩を踏み出した。


 ♦


 「じゃあ、この星屑麦をベイニータの元へ届けてくれ」

「承りました」

 依頼人にクエストが受注された事を伝え、配達物を受け取った。

「重たくは無いですか?」

「このくらいなら全く問題ないよ。君は?」

「私のは一つだけですし、軽いですから」

 二つの麻袋を脇と肩に担ぎララを見遣るも、無理をしている様子は無さそうだ。

 二人で今来た道を戻り、王都へと引き返す。

「この星屑麦、俺は初めて見たけど、貴重な物なの?」

「それなりに高価だ、とは聞いたことがあります。希少価値もそうですが、何でもこの麦で作るパンは絶品だとか」

 ララが空いている方の掌で頬を押さえる。想像しただけで美味しそうです、と口角を緩ませている。

「へえ、一度食べてみたいな」

 イクスもパンは好きだ。元々現実世界で太っていたのは食べ過ぎに寄るところが大きい。両親もよく食べる人達だった為に、一度につき食事の量が平均よりも多く、自然と胃袋も大きくなっていったのだ。

 パンであれば、基本的に菓子パンはそのまま、惣菜パンであれば必ずマヨネーズやソースを掛けて食べていた。特にマヨネーズはどんな料理にも基本的には合うと思っている。

 取り留めの無い会話を続けていると、最初の目的地が見えてきた。

 控えめな大きさの家屋の扉を三度叩く。

「ごめん下さい。ギルド「幸運ブエナ・スエルテ」の者です。ベイニータさんはいらっしゃいますか」

 数拍置いて、はい、と扉が開く。細身にエプロン姿の凜とした印象の女性が姿を現す。

「パウロさんからの依頼で、星屑麦をお届けしました」

「ああ、待ってました。厨房まで入れて頂けますか?」

 返事をして麻袋達を屋外に運び入れていく。

 一般的な依頼なら此処までで終了だが、今回は話が少し変わってくる。

「此処までご苦労様です。ところで……実はお願いしたい事があるんだけど」

 ――来た。

 クエストは大まかに分けて、討伐・狩猟・護衛・配達・納品の5種類がある。討伐は魔獣や悪党との戦闘、狩猟は対象の捕獲、護衛は要人の警護、配達は人から人への届け物、納品は自身で調達した上での届け物だ。

 基本的には一つ依頼を受けて一点集中してこなすのが常だが、今回イクスとララが受けた複合クエストは別だ。

 複合クエストはその名の通り、様々な依頼を連続して行う。

「星屑麦の代表料理、リーケンメテル(現実世界で言う揚げパンの事)を作りたくて。材料で冥王糖の元である銀河草を採取してきて欲しいの。突然で悪いんだけど、お願いできる?」

「はい、任せて下さい」

 事前に用意していた十文字を発すると、イクスとララは手早く荷物を纏めて出発した。

 


 


 

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