マッシャーで彼を潰すと愛になりますか
泉葵
マッシャーで彼を潰すと愛になりますか
「拓君にあげるの?」
「そう。だから教えてほしいなって」
「任せてよ」
教室の窓から風が吹き込み、髪が菜穂の笑顔を隠した。
「じゃあまずはサツマイモを切ろうか」
菜穂は包丁を持つと慣れた手つきでサツマイモを切り始めた。
「こう。厚さはあんまり厚くなり過ぎないように。均等ね」
「それくらいならウチもできるよ」
詩織が包丁を持つ姿は様にならない。慣れない包丁の持ち方も普段着ないエプロンもちんちくりんで可笑しかった。
切ろうと思ってもなかなか切れず、苦戦していた。全部切り終ると深く息を吐いた。菜穂が切ったものと詩織が切ったものは一目瞭然だった。詩織が切ったものは大きさも不均一で切り口が斜めになっている。一つのボウルの中に入り混じって入っていてもうまくなじめていない私の切ったサツマイモは居心地が悪そうだった。
「おっけーいいじゃん。次いこう」
菜穂の長い髪は高い位置で結ばれ、違う人のようだった。
「次はこれをレンジでチンするの」
菜穂はサツマイモと水の入ったボウルにラップをかけるとその器をレンジに入れた。
「お菓子作って渡したいってなんかあったの?」
菜穂はそう言いながらタイマーのつまみを3に合わせた。
「いや、まぁなんか最近マンネリ化っていうか。一緒遊び行くのも結構飽きたっていうか」
「なるほどねー」
菜穂は自分の首を撫でると、スマホをいじりだした。
「でもなんでスイートポテトなの?」
「前好きだって言ってて」
「ふーん」
好きという言葉がなんだか恥ずかしくて手を絡ませた。
レンジの電子音が二人の会話に割って入る。
「できたね」
柔らかくなったサツマイモをボウルに移すと、菜穂はマッシャーを詩織に突き出した。
「次はこれで潰していこう」
サツマイモはすっかり柔らかくなっていて、少し力を込めるとあっさりとペースト状になってしまった。
「そうそう、嫌な人を思い浮かべて」
無我夢中でマッシャーを押し込んだ。嫌な人の顔なんてすぐには思い浮かばず、誰だろうと考えてるうちに全部潰し終わっていた。どれが詩織が切ったものなのか分からないほどぐちゃぐちゃに混ざりあっていた。
「じゃあ後はこれを入れてカップに入れて」
菜穂は小さなカップに入ったいろんなものをボウルに入れるとヘラで混ぜ合わせていった。
「やってみる?さっきよりは力いるよ」
ヘラで混ぜるのは潰すよりも大変だった。ヘラを持つ手に力を入れ、混ぜようと一気に動かすとボウルを持つ手が離れ、何度かボウルを落としかけた。
「ありがとう。あとは私がやるよ」
「ごめん。ありがと」
結局菜穂に任せてしまった。詩織は見ていることが多くなり、詩織が作ったスイートポテトではなくなってしまった。
「じゃあ頑張って渡すんだよ」
「うん」
出来の悪かったスイートポテトは菜穂と詩織で分けた。菜穂が帰った後に一人部屋で食べたスイートポテトは見た目こそ悪かったものの甘くておいしかった。
夜が明け、日が顔を出した。
拓がいつも朝早く来ることを友達から聞いていた詩織はいつもより1時間早く家を出た。手には昨日作ったスイートポテトの入った紙袋が握られており、またわずかに冷たい。
学校に到着し、靴箱を見ると拓は既に学校にいるようだった。紙袋を握る手に力が入り、クシャっと音を立てた。
「拓別れるの?」
「その予定。最近冷めてきてもういいかなって」
聞き覚えのある声だった。一人は拓、もう一人は菜穂の声のようだった。
階段を上るときうっすらと聞こえてきた声に詩織は息をひそめた。音を立てないように、一歩一歩踏みしめるよう階段を上り続けた。
「誰か来たんじゃない?」
「ぽいね」
しらを切るつもりらしい。
「おはよ」
「おはよう」
「おはよ」
聞かれていたことを知らない拓は普段通り挨拶を返してくれた。拓から離れた机に座る菜穂もわざわざこっちを向いて笑顔を見せてきた。
「これ昨日作ったんだ」
詩織が差し出した紙袋を手に取り、中を開くと彼は驚く仕草をして見せた。
「へー!ありがとう。今食べてもいい?」
「いいよ」
紙袋から一つ出来のいいスイートポテトを取り出すと一口で平らげてしまった。
詩織が渡した菜穂のスイートポテトを菜穂の男が食べているという現実。これがいわゆる三角関係なの。三角関係って図ではあんなに単純なのに、現実だとこんなにぐちゃぐちゃなんだ。たった3つの糸なのにとても複雑に絡み合うように交わっている。
嫌いな人の顔、今ならすぐに思い浮かべられる。
「おいしいよ」
彼は濁った眼で笑った。
マッシャーで彼を潰すと愛になりますか 泉葵 @aoi_utikuga
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