春は嫌い
七迦寧巴
第1話 春は嫌い
春は嫌いだ。
雪解けの道路はうんざりするほど歩きづらい。雪と泥が混じってぐちゃぐちゃだ。
どんなに気をつけて歩いても、靴から跳ね上がった水分をタップリ含んだ泥は容赦なく服を汚していく。
お気に入りのコートの裾にまで跳ね上がった泥を見たときは叫び声をあげてしまう。
そんな雪国が嫌で東京に出てきたら出てきたで、今度は花粉。
クシャミと鼻水で顔はぐちゃぐちゃ。薬を飲めば眠たくなるし、頭はぼーっとして仕事でミスをしてしまうし、本当にろくなことがない。
あんな発注ミスをしてしまうなんて。この私が!
気分転換に飲んで帰ろうと店に入れば、隣の席では学生が合コンの真っ最中。
酔っ払ってジョッキを引っくり返し、テーブルの上はぐちゃぐちゃだ。
見ていて気分が悪くなったが、本人たちはキャーキャーと楽しそうだ。来るんじゃなかったと溜息が出る。
帰宅して部屋の灯りを点ける。
どんなに遅く帰宅しても部屋の掃除だけは欠かさない。塵を払ってから掃除機をかける。
読みかけの雑誌だって絶対そのまま出しっぱなしにはしない。ベッドカバーもシーツもしわをきちんと伸ばしている。
此処がぐちゃぐちゃに乱れるのは彼が来たときだけだ。
そんな彼ももう来ない。
春は嫌いだ。
転勤が言い訳なのは分かっていた。その前から出張のたびに其処で会っている女性が居たことくらい気づいていた。自分から異動願いを出したことだって本当は知っていた。
──もう限界かもしれないな。
遠距離は無理があるだろう。ずるずる続けるのは性に合わない。きみだってそういうのは嫌いだろう。すっきりと終わろうと彼は言った。
よくもまあ、そんなことをぬけぬけと。
だったら先に私と別れてからその女性と付き合えば良かったのだ。二股を掛けておきながらよくもまあ。
──少し臭い始めてる。
明日は警察に行こう。浴室の扉を眺めてそう決心した。
この中はぐちゃぐちゃだ。
春は嫌いだ。
春は嫌い 七迦寧巴 @yasuha
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