約束の日曜日
放電する塊に襲われた金曜日から時は経ち、今日はうさぎと約束した日曜日。
待ち合わせは私の家の近くのいつものバス停で、そこに向かったときにはすでにうさぎは居た。
「おはよ! くまちゃん!」
うさぎのいつも聞いているはずの朝の挨拶に、私はなんだか安心してしまう。
休日のお出かけなので私服姿のうさぎは、金髪をいつものツインテールではなく、サイドに髪をまとめていて、長袖でゆったりとしたベージュ色のチュニックワンピースを身に纏い、薄い水色のハンドバッグを持っている。
「おはよ、うさぎ。私服、似合ってるね」
「え……あ、ありがとう……くまちゃん……」
一方私の方はというと、髪型はいつものままで、服は少しオーバーサイズの白いTシャツを、デニムのショートパンツにインしていて、黒いショルダーバッグを肩から掛けている。
「くまちゃんも! 似合ってるよ!」
「ありがとう」
こうしたうさぎとの何気ないやり取りは、私の金曜日の夜からの緊張を少し和らげてくれているようだ。
──あれから、あの塊が私を襲う事は無かった
土曜日は朝からずっと警戒はしていた。しかしそれは、そう言っていいのかはわからないが、杞憂に終わったようだった。だが、警戒は解かないようにしようと思う。
そして、火虎先輩達もあのあと放電する塊に襲われたようで、なんとか無事だったらしいが念の為、九頭龍先輩は火虎先輩の家に泊まっているらしい。
心配ではあるが、それはさておき、私達はそのバス停でAA町の方までのバスを待っていた。
「えへへ、楽しみだね!」
「うん、そうだね……ところでどこに行くつもりなの?」
私はうさぎにそう聞く。今日は見たいところがAA町にある、ということしか聞いていなかったから。
「うーん、それは……着くまでないしょ!」
そう可愛く言ってみせるうさぎ。一体何が待っているのだろうか。気にはなるが、私はそれを楽しみに待つことにする。
そんなこんなで、しばらくするとAA町行きのバスが来る。それに乗り込み、うさぎと隣の席に座る。
そのままバスが走り出し、十数駅程を経由した後、目的のAA町へと辿り着く。そのままバスを降りると、人通りや車通りが多く、日曜日のAA町は賑わいを見せていた。
私はバスを降りてからは、「こっちだよ!」と、先導して歩くうざきの後を付いて歩いて行く。私達が降りたバス停はAA町の、いわゆるメインストリートといった所にあって、うさぎはスマホでマップアプリを開きながら目的地を探し歩いているようだ。どうやら、初めて行くところらしい。
しばらく歩いていると、メインストリートから外れ、B通りというおしゃれな商店街がある道に入る。そのまま道なりに歩いて行くと、どうやら目的地が見えてきたらしい。うさぎは「あっちだよ」と、ある建物を指差した。
「ここは……?」
そこは看板を見れば、『あにまーと』という名前があり、どうやらアニメショップのようだった。
「うん、ここにね? 欲しい物があるの!」
そう言ってうさぎは、店の中へと入って行ってしまう。私もそれを追うように、店内へと入った。
「待ってよ、うさぎ!」
店内を入れば、そこには様々なアニメグッズが立ち並んでいて、私がここにいるのは、なんだか場違いな感じがしてしまう。
しかし、そんな私を置いて行くかのように、うさぎは何かを探しているようだ。
「うさぎ、何を探しているの?」
うさぎがここにいるのは私以上に場違いな感じがするのだが、彼女が欲しがる物なんてあるのだろうか。
そんなことを考えていると、『それ』に思い当たる物を思い出す。もしかして──。
「うさぎ、探してる物ってもしかし──」
「あったー!!」
私が『それ』を言いかけたとき、うさぎが少し離れた商品棚の一角で声を上げる。どうやら『それ』が見つかったようだ。
私は近づいて、うさぎが今まさに手に取った物を確認する。
「くまちゃん見て! 『物繰り少女』のオリジナルグッズだよ!」
そう言ってうさぎは私に、あるキャラクターがプリントされたクリアファイルを見せてくる。そのあるキャラクターとは、肩までかかる黒髪に白い着物を着ていて、今度はデフォルメされていない美少女キャラクターの、ご当地妖怪こと『物繰り少女』だった。
「うさぎ……これは?」
「これはね! クラファンの返礼品とは別に、新たにグッズ化されたご当地妖怪達で、ここにしか売ってない限定品なんだ!」
新たにグッズ化された、ということは、ご当地妖怪は世間に好評を得ているのだろうか。いや、そんなことより、繁華街へ遊びに来た女子高生が、迷わずまっさきに買いに走る物がこれとは思わなかった。
「うさぎが見たいって言ってたのは、これなんだね……」
私は商品棚に陳列された商品を見る。すると、『物繰り少女』だけでなく、他のご当地妖怪達のグッズもあり、そこには当然、『モノカリ』を元にしたのであろう『物借り少女』のグッズもあった。
それをひとつ手に取り、よく見てみると、やはり火虎先輩と似ている。というか、赤髪ポニーテールなところや、表情や顔の描き方が、彼女の特徴をそのまま絵に落とし込んだように見える、といった方が正しいだろうか。
私は先日の事もあってなのか、その『物繰り少女』と『物借り少女』という存在に何か不安な物を感じてしまう。思い過ごしだと良いのだが。
そんなことを考えた後、うさぎの方を見ると『物繰り少女』の、おそらく全種類のグッズをどこかから持ってきた店のカゴに入れていた。
「全部買っちゃうの……?」
私がそう聞くと、うさぎは「うん! 推しだからね! 推し活、ってやつなのかな?」と言い、レジカウンターの方へと向かってしまった。
「…………」
残された私は、また、商品棚のご当地妖怪達を見る。
もしかしたら、私と火虎先輩以外の『かきくけこ五大妖怪』の血を継ぐ人達がいたとしたら、ご当地妖怪に似ているのだろうか。ありえない、と、そう思いたいが、もしかしたら九頭龍先輩の参考資料になるかもしれないと思い、全五種類のご当地妖怪缶バッチをひとつずつ持って、私もレジカウンターへと向かった。
その後会計を終えた私とうさぎは、『あにまーと』を出る。欲しい物が買えて満足したのか、うさぎはとても機嫌が良さそうだった。
「欲しいやつ、買えて良かったね……」
「うん! くまちゃん、ありがとね……?」
私は少し不思議に思って、うさぎを見た。ありがとう、なんて言われるようなことはしていないと思うのだが。
「実はね、こういうお店、一人じゃ入りづらくて……でも、くまちゃんと一緒なら入れるかなって思ったんだけど……もし、嫌だったら……ごめんね?」
私はそれを聞いて、「なんだ、そんなことか」と思う。
「全然、嫌じゃなかったよ。それに、一人じゃ入りづらいとか、そういうことなら何時でも私を頼ってくれていいから」
私はありのままの思いをうさぎへ伝える。それを聞いたうさぎの表情が明るくなり、もう一度「ありがとう! 」と言ってくれた。
「それに、私もいくつか買っちゃったしね……ご当地妖怪グッズ……」
「うん、そうみたいだけど……何を買ったの?」
私はグッズが入っている、『あにまーと』のロゴが入ったビニール袋を開け、中を見せる。
「わっ! 缶バッジ! 全種類買ったんだ!」
「うん、うさぎが……友達が好きな物だから、とりあえず買ってみるのも悪くないかなって……」
まさか現代版の『かきくけこ五大妖怪記』用の参考資料だと言うことはできないので、そんな事を言ってみる。別に、ご当地妖怪なんて物でなければ、本当にそうしたのだから嘘というわけではない。
「……そ、そっか! 嬉しい!」
そう言ったうさぎの表情は本当に嬉しそうだ。それに少し罪悪感のようなものを覚えるが、気にしないでおこう。
「それに──この、『物借り少女』を火虎先輩に見せてあげようかなって思ったのもあるんだよね」
私はもうひとつ、買おうと思った理由を付け足す。ふと、これを火虎先輩に見せたときの反応が見てみたいと思ってしまったのだ。
「…………火虎先輩に? ふーん……そっかあ……そうなんだ」
それを聞いたうさぎは、なんだか少し機嫌が悪くなったように見えた。気のせいだろうか。
それから私達は、近くにあったハンバーガーショップでお昼を取り、特に目的も無いまま辺りを散策していた。
街中のめぼしい所はだいたい見終わっただろうかという感じだったが、うさぎがゲームセンターに入りたいと言ったので、それについて行く。
店内はそれほど大きくはないが、二階建てになっているようで、一階にUFOキャッチャーなんかがあり、二階にはメダルゲームやアーケードゲームの筐体なんかがあるようだ。
うさぎと一階を見て回っていると、何かを見つけたのか、うさぎが声を上げる。
「え!? うそ!?」
うさぎが見ているところを見ると、そこにはデフォルメされたご当地妖怪のぬいぐるみが、UFOキャッチャーの筐体の中にあった。それも、『物繰り少女』のものが。
「こんなの……あったんだ……」
うさぎはスマホを取り出すと、何かを調べ始めた。そして、この商品の情報がヒットしたのか、驚いた顔でぬいぐるみを再び見ていた。
「見逃してたんだ……私としたことが……」
うさぎは深刻そうにそう言った。もしかして、『物繰り少女』に関する商品は全て集める気なのだろうか。
「……どうしたの? やらないの?」
そのままうさぎを見ていると、ぬいぐるみを見つめたまま動かなかったので、そう聞いた。
「……『あにまーと』でお金を使いすぎちゃったから、どうしようかなって」
どうやら予算の問題だったようだ。私はそんな、うんうんと唸り始めたうさぎを見て、あることを決めた。
「うさぎがやらないなら、私がやろうかな」
私はそう言うと、筐体へ百円玉をチャリンと入れた。
「え……くまちゃん、ぬいぐるみ欲しいの?」
「ううん、そういうわけじゃなくて、久しぶりにUFOキャッチャーがやりたくなったの……もし取れたら、これはあげるよ」
私はボタンを押し、UFOキャッチャーのアームを操作する。
「くまちゃん……ありがとう、でも、無理してそんなことしなくてもいいよ?」
「無理なんてしてないよ、うさぎは私にとって、久しぶりにできた友達だから……これからもよろしくねってことで」
「くまちゃん……えへへ、なんだか嬉しいな」
それから私達は、お互いに見合い、笑い合うと、ぬいぐるみを取るため、真剣に筐体に向かう。
────しかし、それから二千円分を使うが、ぬいぐるみが取れる事は無かった。
「どうして……」
ぬいぐるみが、全く取れない。私は人間としても空間把握能力が非常に高いはずで、『モノカリ』としてのレーダーもあるはずなのに、全く取れないのだ。というか、アームが弱すぎるのではないだろうか。
「く、くまちゃん……無理しないで……ね?」
うさぎが私にそう言うが、ここまで来てしまっては後戻りはできない。こっそり能力を使ってやろうかとも思ったが、常識的に考えて、それはだめだ。
「まだ……まだ、大丈夫」
今日持ってきたお金は、あまり使い道がなかった中学時代のお小遣いを貯金したものの一部だ。だから財布の中を空にしても、そんなに痛くは無い──はずだ。
「あっ……」
もう一度プレイするために財布の中を探すと、もう百円玉が無い事に気がつく。そして財布の中に残っているのは、千円札が一枚。おそらくこれが、最後の両替になるだろう。しかし、バス賃は残しておかなければならないので、使えるのは六百円しかない。残り六プレイに全てを賭けよう。
「うさぎ、また両替してくるからキープしておいて」
「う、うん……わかったよー」
うさぎが少し引いているのがわかる。だが、やはり、ここで引く事はどうしてもできない。どうやら私は、なかなかに負けず嫌いだったようだ。
私は筺体から離れた少し離れた両替機へ行き、そこに千円札を入れる。そして、千円から百円十枚のボタンを押すと、ジャラジャラと払い出し口から小銭が出てくる。
そして、財布にそれらをしまい、筐体へ戻ろうとする。
────しかしその時、ある『感覚』に気がつく。
それは、『妖怪感』だ。しかもそれは、うさぎが居るさっきの筐体の前からのものだ。
「うさぎッ──!」
それに気が付き、状況理解したときには、私の身体は勝手に走り出していた。
完全に気を抜いてしまっていた。警戒を怠らないと、そう決めていたはずなのに。
「うさぎッ──!!」
狭い店内の中なので、うさぎのところにはすぐに着いた。
──そして、そこには先日の、放電する塊が筐体を背にしたうさぎを囲むように三つあった。
「く、くまちゃん!!」
うさぎが震えた声で私の事を呼ぶ。
私はたどり着いてからも勢いを止めず、うさぎの手を取り走り出す。
「怪我はない?」
「う、うん……」
私達は、そのままゲームセンターを出て走り続けた。
しかしそんな私達を、塊はゆっくりと追いかけて来ているようだ。
先日のように能力を使って撃退したいが、今はうさぎがいる。目の前で、能力を使ってしまうのは避けたい。
しかし、そうも言っていられないのかもしれない。走り続けていると、そのうち人気の無い路地裏に入ってしまい、さらに、うさぎのスタミナも切れかけているようだ。
そしてそのうち、うさぎは走り続けることができなくなって立ち止まってしまう。
「はあ、はあ……くまちゃん、あれ……あの、ビリビリしたのは何!?」
うさぎは息を切らしながら、私に聞いてくる。
「わからない……でも、逃げた方がいい気がする」
「うん、そうだね…………」
そんなことを言っている間に、あの塊はこちらに迫ってきているようだった。目的はわからないが、このままではうさぎが危ない。
「うさぎ……ここは私に任せて、先に行ってくれないかな……」
私は、漫画とかゲームでは死亡フラグというやつになっていることを言ってみる。うさぎに見られないように、かつ、あの塊を倒すにはこれしかない。
「だめだよ、くまちゃん! 危ないよ!」
「私は大丈夫…………信じて、くれないかな……」
私はうさぎの綺麗なオレンジ色の瞳をまっすぐに見つめる。すると、うさぎは少し悲しそうな顔をして、口を開く。
「わかった……でも、この後逃げ切れたら、私に隠していること、よかったら全部教えてね……?」
私はうさぎのその言葉を聞き、驚く。
もしかして、うさぎは──。
しかし、そんな私の思考を乱すように、ビリビリッという音が路地裏に響く。
そちらを見ると、塊は何故か数を八つに増やしており、ゆっくりのこちらに迫ってきている。この数では、うさぎを守りながら戦うという選択はできなさそうだ。
「わかったよ、うさぎ……だから、今は早く逃げて!」
それを聞いたうさぎは、頷き、塊と反対方向へ走り出す。
「さて……一体何の妖怪か知らないけれど、すぐ片付けてあげる……」
私は先日と同じように、ステンレス製の側溝の蓋を塊と同じ数操る。
そしてそれを塊へひとつずつぶつけると、塊は先日よりもあっさりと消えてしまった。
「えっ……」
なんだか拍子抜けだ。先日は、こんなに手応えの無いものではなかったはずだが。
私は不思議に思いながらも、うざきを追いかけるため、すぐに走り出す。
しかし、近くにはうさぎの姿は見当たらなかった。うまく遠くへ逃げられたのだろうか。
そう思っていたとき、スマホの通知音が鳴った。それは、『YOIN』の通知で、私は画面を見る。うさぎからだろうか。
しかし、それは違った。いや、正確にはうさぎからのメッセージではあったのだが、内容が別の存在からのものであることを証明していた。
『モノクリの血を継ぐ少女よ、友人は預かった。返してほしければ、次に送る住所へ来い』
そのメッセージは、うさぎを拉致したのであろうことを教えていて、その後に、マップアプリのリンクと、眠らされている様子のうさぎが車に乗せられている写真が貼られた。
「巻き込んじゃったんだ……私が……うさぎを……」
それを見た私は後悔する。私が妖怪で、さらに危険な妖怪に襲われたばかりだというのに、友人と呑気に遊びに行って、あまつさえ、気を抜いてしまっていた。
「やっぱり……妖怪が、友達を作ろうなんて……間違ってたのかな……」
私はそんなことを言ってしまい、そのメッセージを見ながら立ち尽くしてしまう。
──でも、このまま立ち尽くしているわけにはいかない。
私はマップアプリのリンクを開き、表示された場所を目的地に設定し、そこを目指し走り出す。
私がこの先うさぎの友達でいられなくなってしまうにせよ、あの娘は助けなければいけない。それに、秘密を話すと約束したのだ。何が目的かはわからないが、私の友達に手を出した落とし前はきっちりとつけてもらわなければならない。
目的地まではバスで行った方が早いので、バス停へと向かっていた最中、今度は『YOIN』の通話機能の着信が鳴った。
まさか、うさぎ──いや、誘拐犯からだろうか。
走りながらスマホを出し、画面を見ると、それは火虎先輩からのものだった。こんなときに、一体なんだろうかと思いながらもそれを取ると『月乃ちゃん!!』という焦ったような大きな声が聞こえる。
『智香が……智香が攫われてもうた!!』
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