顔も心も
ひろたけさん
第1話
俺はクラス一のイケメン
やつはその本屋で連日恋愛本を立ち読みしていた。誰か、好きな女子でも出来たんだろうなと思っていただけに、思ってもみない展開に俺は面食らうばかりであの時は反応することすら碌に出来なかった。
というか、もしかして俺が田辺の本命だったってこと?
いやいや、ちょっと待てよ。
俺は男で、容姿がいい訳でもなければ、田辺のように社交的でもない。今までのやつとの関わりなんて、片手で数えた方が早いくらいだぞ。
何で、そんな俺に田辺が恋愛的な意味で興味を持つなんてことが起きるんだよ。
やつならいくらでも可愛い女子を選び放題だろ? 数多の可愛い女子を差し置いてよりにもよって俺だなんて、田辺も何考えているんだよ。
でも、この胸のドキドキは何なんだろう。田辺にキスされてからずっと鼓動の早まりが収まらない。
田辺の唇は柔らかくて、温かくて、その感覚がずっと俺の唇にこびりついて取れないんだ。
俺ってば、どうしちゃったんだよ……。
俺は恋愛なんかしたことないし、誰かと付き合いたいと思ったこともなかった。増してや男となんか……。
だけど、もし、田辺が俺に本気なんだとしたら、俺はやつにどう接すればいいんだろう。クラスメートの、しかも男に告られて、後半年弱の高校生活を平常心で過ごせるのだろうか。
俺は明日の学校が憂鬱だった。いくら普段ほとんど話をすることもない関係とはいえ、田辺と顔を合わせるだけでも気まずいよ……。
だけど、翌朝俺が学校に行くと、田辺は俺に見向きもしなかった。
いつものように友達に囲まれ、わいわいと賑やかに過ごしている。
あまりにもいつも通りだから、俺は昨日のキスは夢だったのではないかと疑ってしまう。
普通、あんなことがあったら、多少は相手の出方を気にしたりするものじゃないのか?
なんだか心の中がもやもやする。
俺は授業中もずっと田辺の様子を観察していたが、俺と目を合わすことすらしないやつの態度に次第に腹が立って来た。
何なんだよ、あいつ。意味わかんないんだけど。
昼休みになると、俺はむしゃくしゃしながら購買部に昼飯のパンを買いに行った。
サンドイッチを購入して教室に戻ろうと廊下を歩いていた時のことだ。向こうから田辺が歩いて来るのに気が付いて、俺は立ち止まった。
田辺もこちらに気付いて何か声を掛けて来るかと思ったが、やつは俺を一瞥することもなく、俺の横を通り過ぎようとした。
本当になんなんだよ。俺は苛立ちが頂点に達した。
「田辺、ちょっと待てよ!」
俺は苛立った声で田辺を呼び止めた。田辺が振り返る。その顔は無表情で、感情は一切読み取れない。
「田辺、昨日のあれ……」
俺が切り出そうとした時、「田辺ー!」というやつの仲間の声が聞こえて来た。田辺はさっさと踵を返し、「おー!」とやつらに返事をして走って行ってしまった。
俺はその場に立ち尽くしていた。
田辺は本当に俺のことを何とも思っていないみたいだった。あんなに無表情で、俺の話にまともに取り合おうともせず、いつもの仲間の元へさっさと戻っていった。
やつにとっての俺の価値なんて、そんなものなのだ。
そうか。
俺は気が付いた。
俺はたぶん、やつにとって、本命に告白するための予行演習だったのだ。それなら全てに納得がいくじゃないか。
俺みたいな日陰の存在に、太陽のような田辺が本気になって恋なんかするはずがないんだ。告られたらどうしよう、なんて真剣に悩んじゃって、俺ってばバカみたい。
でも、よかったよ。これで面倒な恋愛沙汰とはおさらばだ。俺にはいつも通りの平穏な日々が返って来る。それで十分だ。十分なはずなんだ……。
だけど……あれ? なんだこれ。
何で俺の頬、こんなに濡れてるんだよ。目がこんなに霞むんだよ。心がこんなに痛いんだよ。
わけわかんねえよ。もう、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだ。俺の顔も涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ……。
顔も心も ひろたけさん @hirotakesan
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