第7回「最後の勇者⑦」

 ガラガラと車輪が回り、馬車は進む。車内に揺れはない。何やら会話する声が聞こえてくるのをユキトキは耳にして驚いた。いつの間にか眠ってしまったようである。ユキトキは上体を起こし、周囲をキョロキョロと見まわす。誰もいない。立ち上がってやっと自分がクッションの上にいるのだとわかった。

「投げ飛ばされて、それから、どうなったんだっけ?」

 思い出してみるも、強い衝撃があってからの記憶が曖昧である。ユキトキは頭を抱え、必死に思い出そうとするも思い出せない。思い出せないものは仕方ないと馬車内にいるであろう三姉妹の名を呼んでみたが返事がない。誰もいないのか、そう考えた時、リウィアの声が聞こえた。

「お目覚めになりましたか!」

 リウィアが馬車の壁から突然現れた。進行方向の反対の壁からだ。目を覚ましたことに喜んでいるというより安堵しているといった風である。

「え?あれ?壁から出てきた?」

「はい。奥にも部屋があります。この壁の奥にあるは私の私室です」

「部屋が、あるんですね」

 驚きつつも現実を受け入れる。ユキトキはこれがハーメルン市国の塔の地下で見たのと同じ「魔法」なのだと思った。理解が追いついているのか、追い越しているのかわけがわからない。わからないから考えるのはやめるユキトキ。

「俺の部屋とかって?」

「ここです」

「ああ、なるほど」

 真顔になるユキトキ。立っている所にはクッションが敷き詰められた他に物がない。装飾もなく、馬車の進行方向の左側に馬車と外を繋ぐ引き戸があるのみである。寝転がっていればいいのだろうか。ユキトキは寝心地のいいクッションであるのは体験済みである。固い床で寝るよりはマシと心中で言い聞かせる。ユキトキは軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

「ええ、この馬車は父上が我々姉妹にくださったものなので、ここはルキウスがたまに寝る以外は居間として使っています」

「なる、ほど~」

 ユキトキは納得するしかない。現実はこちら側に来て以降、残酷な気がする。扱いも雑な気がする。勇者が称号としての身分が高いのだろうってこと、勇者が称号だけのものではないこともなんとなく知った。自分はその勇者である筈だ。不思議なものだとユキトキは呆れていた。

「ここが一番安全なのです。ご安心ください。蔑ろにしているのではありません。我々は勇者をお守りするのが役目です。召喚して間もない勇者はヒヨコ同然ですかから」

「ひよこ」

「はい。ヒヨコです。まずは聖騎士が武芸を教えます。我々聖騎士が勇者をお守りするは、あなたが人種ひとしゅの未来に関わる要人だからです」

「ひよこ……」

「勇者は最強の存在の一角です。安心ください。今はヒヨコでも強くなれます。我々聖騎士より遥かに強くなれるのです。我々以外の誰かに師事するのも問題ありません。6人目の勇者サラは一時期、最強の勇者と謳われる辰帝しんていに稽古をつけてもらっていたという話もございます」

「ひよこ、ね……」

 リウィアの頬に少なからず汗が浮かぶ。ユキトキは頭から「ひよこ」という言葉がなかなか消えなかった。知らない世界に呼び出されて、お前は「ひよこ」などと言われるとは思わなかったからだ。軽く精神的ダメージを追ったユキトキの足元がぐらついた。急に馬車が停止したのである。途端に止まったからか車内も少し揺れたのだ。

「確認してまいります」

 リウィアが引き戸を「ガコン」と開けて外に飛び出す。石で敷き詰められた街道に降り立つと、ルキウスの元へ駆け寄る。

「何があった?」

「魔物の群れです」

「あいつらか。厄介な鳥肉だ」

「規模が大きいですね。100匹はいます」

魔王種まおうしゅがいる可能性がある。ルキウス、馬車の起動を停止しろ。臨戦態勢だ」

「御意」 

 リウィアがルキウスに命を下すと再び馬車の戸の前に戻って言った。

「今夜は鳥肉だ!総員、出撃!」

「これは俺もですか?」

「そうです」

「ここが安全って」

「脅威が迫ってはおりません。馬車は防壁として使用できますが、此度は稽古だとお思いください」

 リウィアがユキトキに早く外に出ろと顎を使って促す。ユキトキが降りようとした。その時になって、エレナとアウレリアが壁から出て来た。リウィアの部屋があるという壁から見て左右にある壁からだ。

「なんだ。早く出ろ」

「あ、はい」

 エレナは特に言わないのに視線だけでなんとなく伝わって来る。邪魔だから退け、と。ユキトキはそっと馬車を降り、着地する。馬車の戸から地面までは学校の体育館にある舞台の高さと同じくらいある。結構高い。そっと降りて来たユキトキに対し、待っていた2人は一瞬であった。川に飛び込む子どものように躊躇いなく飛び出して着地する。地面にしゃがみ込むようにして衝撃を抑えている。ユキトキが驚いたのはそこだけではなかった。

「この服、そんなに動いても大丈夫なのか……」

 聖騎士の軍服である。伸縮性が高いのだろう。ユキトキの着るおさがりの聖騎士の軍服。ヨハネスが使用していたのは三姉妹のものより古い筈なのにくたびれた感じがしない。服にも魔法がかけられてあるのだろうか。それとも、物持ちが良いのか。

魔法具まほうぐの用意は?」

「火球を放つ術式が刻まれたのが3つ」

「よし、お前たちで使え」

 リウィアの問いにエレナが答える。リウィアの指令にエレナとアウレリアは「御意」と一言返事する。それを茫然と見ているユキトキの右肩をリウィアがポンと叩いた。

「勇者殿、あれは数が多いが雑魚ばかり。誰でも狩れて焼いて食えば美味しい魔物です」

「え?あの鳥が魔物!?」

 ユキトキらの頭上には乱れて飛ぶ鳥の群れ。100や200いてもおかしくないように感じる規模の群れだ。あれが魔物か、とユキトキは驚嘆する。初めて見る魔物は異形というより少し大きな獣である。七面鳥に似ている。

「美味しい鳥肉。ゴールデンターキーです」

「え、なにその名前……」

「美味しい鳥肉です」

「いや、そっちじゃなくて」

「簡単です。このように」

 リウィアはエレナからライフル銃らしきものを受け取って空を飛ぶゴールデンターキーの群れに向けて構えた。あの銃が3つ持っていると言っていた魔法具の1つなのだろう。ユキトキはそう考えてリウィアを見る。引き金を引くと、反動なく火の玉が発射された。パチンコ玉のように小さな火の玉である。火の玉は1羽のゴールデンターキーに触れた途端に大きくなり始めた。気球のように巨大な火球が出現する。数十のゴールデンターキーを吞み込むようにしてこんがりと焼き上げる。

ユキトキの視線はリウィアの手元から銃口へと移り、火の玉に移り、今は焼けた空を見ている。黒い煙が地面に落ちている。焼け焦げたゴールデンターキーだ。空に火はすでになく、落ち逝くゴールデンターキーと黒煙で雲1つない青い空が埋まる。黒煙が風に乗って避けられると、未だに空を埋めるようにゴールデンターキーが飛んでいる。

「勇者殿、この魔法具には火球を作る魔法とそれを飛ばす魔法が施されています。火薬を用いる銃と違い反動はありません。鳥肉どもに向けて引き金を引けば当たります」

「え?」

 リウィアが空の様子を確認して、ユキトキの方に魔法具の銃を持って来る。手渡された銃は3歳の子どもくらい重かった。

「空に構えろ!!」

 リウィアが大声を出す。エレナとアウレリアに遅れてユキトキも銃口を空に向ける。真上でなく、斜め上くらいの角度であった。

「撃て」

 リウィアの声とともに一斉に引き金が引かれる。3つの銃口から火の玉が飛び出して火球となるや、多くのゴールデンターキーを地面に落としていく。

「続けて3発!撃て!」

 再びリウィアの声を合図に三度引き金が同時に引かれ、火球が近い火球を吸収してさらに大きくなっていく。戦争でもやっているのかと錯覚するほどの黒煙が空を埋め尽くす。ユキトキらはまるでクレー射撃でもするかのように銃を構えるが、異なるは上空に火球を生み、魔物を狩っているという側面だろう。

「油断するな!魔王種がくるぞ!」

 銃口を下げようとしていたのはユキトキだけ。慌てて銃口を空に向け直す。空が黒煙で見えない。火球を打ち込む魔法具の銃から発射された火の玉を確認するのは至極簡単で、火の玉の後ろに白い煙がロケットロードのように真っ直ぐ伸びている。それが魔物に当たり膨張を始めると煙が黒くなる。ただ、それが難点であった。視界が不明瞭になるからである。今も黒煙がなかなか消えない。先ほどまで吹いていた風も止み、黒煙が中々に流れない。

「リウィアさん」

「如何なさいました?」

「魔王がここにいるんですか?」

「ハイグレード・ゴールデンターキーと呼ばれる最弱の魔王がいます。ゴールデンターキーの群れは本来20もいません。あの群れの数からして長は魔王種に相違ありません」

魔物種まものしゅの成長した存在が魔王種。これを俗に魔王と呼ぶ。リウィアは今相手する魔王は弱いが、大きさは人間の5倍はあると言う。それはもう恐竜とかの部類ではないかとユキトキは思った。

「来ない……」 

 エレナが小さな声で不思議そうに言った。黒煙が少しずつ薄くなり、霧が晴れていくように青い空が見え始めた。しばしの時間、じっと全員が空を見つめていた。その間に黒煙はほぼ消え視界が明瞭になる。

「お肉がない」

 空を舞っていたゴールデンターキーの群れは見えなくなっていた。討伐は完了した。アウレリアが心底残念そうに言って、エレナが悔しそうに震えている。ルキウスは両手で目を覆って顔を天に向けていた。ユキトキもそれほど美味い鳥肉ならと食欲がそそられてくる。

「警戒を解くな!奴らは美味いが莫迦ではない。大物がくる!」

 皆、ゴクリと唾を呑み込む。緊張と食欲のせめぎ合い。アウレリアの口元からよだれが一筋かすかに光って見えた。同時に、地面が小刻みに揺れているのを勇者の一行は気が付いた。

「どけエエエエ!!」

「なんだ。あれは?」

 リウィアの声に一同の視線が街道から聞こえて来た声の方に向かう。長身の優男が少女をおんぶして走ってきている。その背後には優男の5倍はあるゴールデンターキーの姿。一瞬で空気が張り詰める。魔王種ハイグレード・ゴールデンターキーである。

「でかくね?」

 ユキトキが青ざめながら、魔王種を見つめた。

「総員、魔王に狙いを定めろ!間違えても人は撃つんじゃないぞ?」

 リウィアの声でユキトキは思い返したかのように魔法具の銃を持ち直す。ユキトキは標準をハイグレード・ゴールデンターキーの喉元に定めた。逃げている優男に少し近いが、ユキトキは構えて動かない。

「撃て!!」

 リウィアの声とともに、3つの火の玉が魔王に迫る。



(第8回へ続く)




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