後悔
櫻木 柳水
読切『後悔』
「別れてちょうだい」ハルカは言う
「なんでよ」俺は言う
「なんでもいいから」ハルカは言う
「そんないきなり」俺は言う
「いいから!じゃあね」ハルカはいなくなった
「勝手にしろ!」俺も突き放す
それから1年
ハルカと別れて、やっと傷も癒えてきた。そんな折、手紙が届いた。
『喪中 この度、次女・徳永 春夏は、入院加療中でしたが、治療の甲斐虚しく、死去致しました。』
そこには、ハルカが死んだことが書かれていた。
そんな馬鹿な…と、泣いて、泣いて、目もパンパンに腫れるまで泣いた。
葬儀の日、俺は電車に乗って、ハガキに書かれていた葬儀場まで向かった。
春夏の生まれ故郷は小さな漁村だ。駅から出ると、駅前ではビラ配りがされていた。
何かなと思い、見ると、小さい街で行方不明者が出たそうだった。
それを尻目に歩いていると、一台の車が止まった。
「祐希くん?」春夏のお父さんだった。
娘の彼氏、なんていったら嫌悪感丸出しになるイメージだったが、実際は挨拶に行ってすぐ二人ともぐでんぐでんになるまで飲んで仲良くなった。
「親父さん!あの…この度は…」とお辞儀していると、運転席から親父さんが出てきた。
すると、俺を抱きしめて、「来てくれてありがとう…」と言う。
親父さんの車に乗ると、職業柄や土地柄仕方ないのか、少し魚の匂いがする。
「これから、春夏のお葬式の準備ですか?」
「あぁ…その前に寄るところがあるから」と、水産加工場に立ち寄った。
「ちょっと手伝って貰っていいか」と親父さんはトランク側から俺に声をかけた。
「はい」と車から降りて後部に向かうと、車の中以上の生臭さだった。
「すごいですね、やっぱり… 」
「んだ。慣れてねぇと、たまんねぇべ」ケラケラと笑いながら、数個の大きい発泡スチロールを工場に運んだ。
「これ、なんの魚なんですか?」興味本位で聞いてみた。
「いやぁ、これはなげる内臓とかだど。海にもなげらんねぇから、処理してもらうんだぁ。」
開けると、並々に内臓類がぐちゃぐちゃと音を立てて入っている。
「なんの魚ですか?」と続けて聞くと
「色んな雑魚だったり、網にかかった鮫だったり、あとこないださ、鹿1頭貰って捌いたんだわ、後で食うか?」
そうなんだ、と聞きながら運び、発泡スチロールを廃棄業者に渡すと、
「祐希くん、先に車さ戻っててけれ」
と言われたので車に戻った。
業者と少し話をしてから戻ってきた親父さんは
「はぁ〜、それでスッキリ片付いたわ…さぁて、行ぐかぁ」と葬儀場へと車を走らせた。
春夏は昔のまま、今にも起きてきそうな顔で、永遠の眠りについていた。
「祐希くん、来てくれてありがとなぁ」お母さんもお姉さんもどれだけ辛かっただろう。
通夜も終わり、近親者での食事会。どうしても俺にも骨を拾って欲しい、と言われた。
食事会にも参加させて貰ってる手前、無下に断れない。まぁ、最期のお別れって所か…飲んで食べて、思い出なんかも話した。
皆と一緒に雑魚寝している時に、トイレに目が覚めた。
「ん…?親父さん?」
「あぁ、祐希くんか…実はな、祐希くんに話さねばならんことがあるんだ…」
昼間のあの明るい親父さんとはうってかわり、沈みきった表情で、涙を流しながら棺に寄り添っていた。
「話ってなんです?」
「実はな…祐希くんと別れたのは、そっちに迷惑かけん為だったんだ…」
地元の偉いさんが春夏をいたく気に入ったらしく、彼氏と同棲していると言うと、別れさせろ!だとか、その彼氏や家がどうなってもいいんだな!と脅されていたのだった。
「今時、そんなことあるんですか!?」
俺は驚いた。手紙には『入院加療中』とあったから、自殺だなんて思いもしなかった。
都市部生まれの俺は、田舎だろうと、昭和の世界じゃないんだから、有り得ないだろうという気持ちもあった。
「そん……な……ことって…」
「病気ってことにしてもらったんだ……かぁちゃんも恵も職場さいらんなくなってな…オラも船も網もなんもかんも壊されでよ…」
親父さんの涙はどんどん溢れてくる。
「んだけどよ…一時期収まったんだ。あぁこれで普通に暮らせる、と…したらよ、家に火ぃ付けられてよ…そこからどんどん、春夏は塞ぎ込んだ…」
親父さんが言うには、放火されても警察も消防も相手にしてくれない。病院や店に行っても門前払いや酷い態度を取られ、親父さんの船に至っては、直す事さえままならないというのだ…。
そして春夏は、全て自分のせいだ、と感じ……。
「どうなってんだよ、この街…酷すぎるだろ…誰だ…誰がそんな事やってるんです!」
俺は憤った。聞いてるだけで許せない。
「ありがとな…でもな、やったやつはもう分かってんだ……市会議員の鮫島とその息子、仲間のヤクザの鹿内…その下っ端のチンピラ共…やったやつは分かってたんだ……」
鮫……鹿……?
『網にかかった鮫だったり、あとこないださ、鹿1頭貰って捌いたんだわ』
「親父さん……まさか……」
親父さんは力無く頷く。そして、
「オラが……ぐちゃぐちゃにしてやった……オラの家族をぐちゃぐちゃにした奴らをだ!」
親父さんは、そこまでいうと、棺の前で泣き崩れた。一頻り泣いて、落ち着きを取り戻した。
「親父さん、そいつらの死体は何処に?」俺は確認した。
「もう体は骨まで砕いて海さ撒いだ。今日あそこに持ってったのは、その残りもんだ…」
「親父さん……」
親父さんは立ち上がり、俺と向かい合った。
「あんさ、明日骨拾ったら…連れてってくれんか…警察に…」
はい、と俺は短く答えるしかなかった。
「んだば、明日も早ぇから、寝た寝た。」
最後に親父さんは何か吹っ切れた笑顔で俺の肩を叩いた。
翌日、親父さんはお母さんとお姉さんに最後の挨拶をして、俺と警察へ向かった。
親父さんは猟奇的な犯罪者としてニュースでは言われていたが、俺は分かってる。あの人は優しい人だったんだ。それをぐちゃぐちゃにしたのは…あの街の人間なのだ……。
ふと俺は考えた。
親父さんは語らなかったが、本当に1人でやったのだろうか……あの処理業者、お母さん、お姉さん……いや、俺は知らなくてもいいだろう。
俺も親だったら、こうなってしまうかもしれないから。
後悔 櫻木 柳水 @jute-nkjm
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