電話。

三愛紫月

彼女から……

「私、夫に殺されます」


突然、俺の元に中野芽衣子から連絡がやってきた。


俺は、その言葉に頭の中が真っ白になった。


「どうやら、あなたと私がしていると思っているみたいなの」

「え?」


中野芽衣子の言葉に俺は驚いた声をあげていた。


】という言葉に驚いたのだ。


俺と芽衣子は、遠縁の親戚だった。


芽衣子の父親が離婚し、会わないまま20年以上の歳月が経っていたのだ。


そんな俺達が再会したのは、昨年だった。たまたま妻の安奈あんなと行ったドッグカフェで会ったのだ。


「あれ?芽衣子」

「あー、孝ちゃんじゃない」


俺達は、お互いの事にすぐに気づいた。それからは、月に数回ドッグカフェでお茶をするようになったのだ。


「殺されるって?」


俺は、頭の中をかけ巡っていた言葉を口に出した。


「昨日、ルージが殺されたの」

「え?」

「間違いないわ。あの人は、車にひかれて死んだと言ったわ。でも、ルージが勝手に家を出て行く事なんてないわ。だから……」


この日、俺は出張で近くにはいなかった。


「明日には、帰宅する。だから、迎えに行くよ」

「わかった」


芽衣子の声が曇ったのがわかる。


「住所を送るわ!もし、私がいなかったらここに……」


そう言って、電話を切った。


翌日、まだ日が昇っていない時間に俺は芽衣子の家に行った。


そこで、目撃してはいけないものを目撃した。

俺は、慌てて駅まで戻ると芽衣子に頼まれていた所に連絡をした。


「お帰りなさい」

「ただいま」


家に帰宅した俺は、部屋に閉じ籠った。


「あなたどうしたの?」

「し、しばらく一人にしてくれ」


安奈にそう叫んでから、布団を被ってガタガタと震える。

さっき見た光景を思い出しながら、頭の中を整理しようとするけれど……。

ガタガタと震える体を必死で押さえる為に頭を使っているせいか、頭の中はよけいにぐちゃぐちゃになって考えが纏まらずにいる。


「落ち着けーー、落ち着けーー」


深呼吸をしながら、体の震えを何とか押さえようとするけれど……。


無理だった。


恐怖や恐れや不安という感情が頭の中を散らばっていくのを感じていた。


ぐちゃぐちゃに散らばり始めていくそれらを回収しきれない脳みそのせいで、ガチガチと歯が合わさる音が耳元でダイレクトに響きわたる。


「見つかってない、大丈夫だ。大丈夫だ」


ピンポーン!!!!!!


インターホンの大きな音に驚いた。


「はーーい」


安奈の声が響いた。


(出ちゃ駄目だ、出ちゃ駄目だ)


立ち上がりたくても足に力が入らない。声を出したいのに、震える歯がいうことをきいてくれない。


ガチャ……。


安奈が殺される。


「ここに印鑑、お願いします」

「はい」


ただの宅配だった。


安堵した瞬間、いっきに眠気が襲ってきてしまった。


リリリリーンー


大音量の音で目が覚めた。

胸元に手を当てると、ドッドッドッと心臓が行進を始めている。


「も、もしもし……」


か細い声を出しながら、俺は電話に出た。


『息子が、今逮捕された!安心しなさい。もう、大丈夫だから』


野太くしっかりした声の男の人からの電話だった。


「そ、そうですか」


『芽衣子ちゃんの遺体とルージの亡骸が庭から見つかったって!2つ並べて白い布をかけられてたって』

 

「そうですか」


その言葉を聞いて、涙がボタボタとこぼれ落ちていくのが見える。


『警察の話によると、息子は離婚届を見つけてから、いつ離婚を切り出されるか怯えていたらしい。そんな時にドッグカフェで男と親しげに話す芽衣子ちゃんを見たらしい。あんただろ?』


「は、はい」


俺の言葉に男の人は、『お正月に芽衣子ちゃんが20年以上ぶりに親戚に会ったって話していた。ドッグカフェでお茶をするようになった事も……。息子もその場にいたのだけど、話を何も聞いてなかったようだ』


「そうだったんですね」


俺は、今朝目撃した芽衣子の姿を思い出していた。


『それじゃあ、私達は葬儀の準備やらあるんでね』


「あの、日程が決まったら連絡してもらえますか?」


『わかりました』


そう言うと電話が切れた。


離婚して母子家庭になった芽衣子は、結婚してすぐに母親も亡くした。芽衣子にとって、お義母さんとお義父さんは特別だったに違いない。


「離婚届をね!食器棚の引き出しに隠してるの!何でかわかる?」


芽衣子は、俺に離婚届の意味を教えてくれていた。


「何で?」

「私達、二人でしょ?私は、無理でも……。夫は、まだ子供を望めるでしょ!だから、いつでも夫が別れたいと言ったら渡せるようにしてるのよ!先に書いとかないと決心が鈍っちゃうからね。名前は、もう書いてるの」


そう言いながらも、幸せそうにルージを見つめて芽衣子は笑っていた。


芽衣子の旦那さんは、離婚届の本当の意味を知らない。


きっと、この先も旦那さんは知らずに生きていくのだろう……。


いつの間にか、体の震えはおさまっていた。


頭の中を散らばっていた問題が片付けられていくのがわかる。


芽衣子の旦那さんは、離婚届を見つけた日からずっと……。


思考がぐちゃぐちゃだったのがわかる。


片付いていないままの頭で考えた事が、ルージと芽衣子を殺す事だったのだとしたら……。


俺は、涙が止められなかった。


ゆっくりと足に力を入れて立ち上がる。


俺は、部屋のドアを開ける。


俺は、もっと……。


安奈と話をしよう。








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電話。 三愛紫月 @shizuki-r

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