ぐちゃぐちゃにする

福守りん

ぐちゃぐちゃにする

 春休みがはじまって、二日目の朝。

 寝おきの、ぼうっとした頭のまま、リビングにつづく階段をおりていった。


「はよー」

「おはよー。未紀ちゃん」

 五つ下の妹は、かっぽう着姿だった。

 赤い花柄のかっぽう着は、亡くなった母のもの。もちろん、ぶかぶかだ。

「なーに? 朝から、かっぽう着なんか着て」

「あのね。朝ごはん作ってるの」

「えらいっ。わたしの分も、ある?」

「とうぜんでしょ。これから、卵をやきます」

 由紀は、おもおもしく言った。

「そうなんですか」

「そうです。目玉やきです」

「わかりました。ここで、待ってていいですか?」

「いいですよ」


 洗面所で顔を洗って、口をゆすいでから、リビングに戻った。

 テーブルの前に椅子に座って、キッチンでがんばってる由紀を眺めた。

 このお休みがおわったら、小学六年生。背が低いせいで、幼く見られがちだけど、しっかりしてるほうだと思う。


 卵がやけてきたのか、いいにおいがしてきた。

「たいへんです」

 なみだ目の由紀が、わたしをふり返った。

「どうしましたか。由紀ちゃん」

「目玉やきが、けっかいしました」

「それは、大変ですね」

 椅子から立って、外側がオレンジ色のフライパンをのぞきに行った。

 右はしから、切れ目が入って、やぶれている。あざやかな色の黄身が、白身の上にあふれたようになっていた。

 ガスの火を止めて、横にいる由紀に聞いた。

「どうして、こうなったの?

 目玉やきは、ひっくり返さないんだよ」

「それは、わかってるけど……。

 うしろがやけてるか、見たかったの」

「なるほど」

 そうしたくなる気持ちは、わからないでもなかった。

「どうしようー?」

「スクランブルエッグにしましょう」

「どうやって、やるの?」

「ぐちゃぐちゃにするだけです」

「ぐちゃぐちゃ?」

「そう。菜箸で、こう……」

「わたしがやります!」

「いいよ。やって」

 由紀の小さな手に、菜箸を渡してやった。

 ガスの火は、由紀がつけた。


「未紀ちゃん、見てー。ぐちゃぐちゃー」

 由紀が、わたしを見上げて笑った。

 なんだか、うれしそうだった。

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ぐちゃぐちゃにする 福守りん @fuku_rin

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