ぐちゃぐちゃ

もと

したい。

 いつからか、二十年ほど前だったか。

 マリコが居なくなってからさ、そう、あれから大変だったんだよ。この世界も僕の世界も何もかもが変わっちゃってさ。


「タツヒコさん、出動要請が来ております」

「すぐ出ます」


 ほらね? 今さっき帰ってきたばかりなのにもう呼ばれるんだ、大変なんだよ。

 でもね? これが最後なんだ。


凌雲閣りょううんかくに『天空の人』が張り付いているそうでございます」

「はい、分かりました」


 まだ誰にも言ってないけど僕は今夜の出動で『守る人』を止める、もう決めた……というか決めた時にもこうやって話しかけていたから知っているよね。


「赤剣の御手入れが間に合わず黒剣でございます」

「はい、良いですよ」


 オヒサさんは相変わらずだよ。いや、ふふふ、眉間の皺が深くなったかな。それ以外は何も変わらない、未だに僕の舞いの稽古を付けてくれるぐらい元気だ。


「羽織を」

「はい、ありがとう」


 あの頃より僕の背は十センチ以上も伸びているから羽織をこうして掛けてくれる時は精一杯に背伸びをしてくれている。総じて口煩くちうるさいけれど可愛いらしいお婆さんになったよ。


「御武運を」

「はい、行ってまいります」


 何も言わずに止める僕をオヒサさんは叱るかな、悲しむ? 泣かせてしまうかな? いや、上に責められない様に手紙は置いて来たから分かってくれるかな?


「……良い月夜だよ、マリコ」


 ソウネと返してくれるはず。

 例え雨でも雪でもまたマリコに会える夜になるのだから、きっとソウネと僕を見上げてくれるはずだ。


「ふふふ、雨も雪も有り得ないね。今宵は月に桜」


 浅草までは蝙蝠こうもりで行こう。マリコはこの姿をコワイと言ったね。覚えているよ、たった今呟いたような君のあの声を。


「本当に良い夜だ」


 ああ居るね、『天空の人』だ。

 ああ素晴らしいよ。銀の体が月明かりで瓢箪ひょうたん池に映り込むとは、これはまた一段と綺麗だね。


「さあマリコ? 行くよ」


 黒剣か、これもまた綺麗だね。

 これでマリコの腕を切り落としたんだったよ。ふふふ、覚えているかな? ああ怖がらないで、『天空の人』を斬るよ、見ていて欲しいだけなんだ。終わったらすぐに会いに行くよ、会えるよね、ずっと側に居るんだろう?

 さてマリコの仲間を斬るよ、蝙蝠じゃ殺り辛いからヒトに戻ろうか、いや翼は必要だから蝙蝠の羽根はそのままに、ああこの姿もいつかコワイと泣きそうだったね、そうか見ないで良いよ、見てはいけない、なら僕の声で教えてあげよう目を閉じていて?


「マリコと僕を引き裂いたアレを斬るよ、いっぱい斬るよズタズタに、許していないよ二十年前の事、アレのせいじゃないか何から何まで『天空の人』が空から来たせいでマリコと僕は僕とマリコはマリコと僕も僕がアレのせいで僕はマリコを斬り刻む羽目になったんじゃないか許さないよ誰からもゆるされないよ許されてたまるか糞野郎共!」


(……にて、これまでの働き……)

(……妄言の……)

(……『……の人』を……)

(……偏愛と気に……)

(……閉門に処す……)


 何故だ?

 僕とマリコの問題だ、いや僕が勝手にやった事で家が処罰を受ける?

 オヒサは何をしているんだ?

 マリコ、どこ?

 数えきれないほどの『天空の人』を斬ってあげたじゃないか。

 しつこくマリコを連れ戻すと息巻いていたアイツらを、しつこくマリコを救うとのたまうアイツらを、追い払ってやったじゃないか。

 マリコ?

 ああマリコを斬った所からやり直せたら。

 あの時から、あの時だけが狂っていた。

 マリコ、僕が死んだら会えると言ったのは嘘だったのか?

 あれは夢だったのか?

 恨んでいるのか?

 僕を、マリコを愛して愛し抜いた僕を、ただ自死に向かわせただけなのか?

 ここは無じゃないか?

 『天空の人』はマリコを連れて帰ると、僕達を引き裂く敵だと、月になぞ帰すものかと、マリコを返すものか、逃がすものかと、失うぐらいなら僕の手で、分かっていただろう?

 マリコ、君は帰りたかったのか?

 愛し合っていたのは幻か?

 マリコ?

 ああこの音は……ぐちゃりと紙を握り潰した音オヒサは僕の手紙を握り潰したのか何故だそれがあれば……。

 ああ、ぐちゃりぐちゃりと、ぐちゃぐちゃと、この音は。

 マリコ、僕が憎いのか?


 それはそれで

 永遠に僕を恨めよ、憎めよ、ぐちゃぐちゃに

 僕はマリコの永遠になれるじゃないか

 忘れ得ぬ者になれたか

 僕を永遠を刻んでくれるなら、それはそれで



  おわり。

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