自滅

lampsprout

自滅

 ぐちゃり、ぐちゃりと音がする。

 ぴしゃん、ぴしゃんと飛び散った。

 誰かの紅色。誰かの皚色しろいろ

 頬に微温湯ぬるまゆを浴びながら。

 私は只管ひたすら、手を動かしている。

 鼻腔を刺すのはさびの香り。

 夢か現かも分からぬままで。

 壊れた操り人形のように。

 一心に手を振り下ろす。

 眼前の物体が何であるかに興味など無い。

 そうすべきだと思うから。

 否、そうすべきと言われるから私は動く。

 今更の様に、周囲の状況へ思いを馳せる。

 私の周りだけが淡く輝き。

 一寸先はどこまでも闇。

 この世界には、私とソレしかいなかった。


 私は只管、手を動かす。

 ぐちゃり、ぐちゃりと音がして。

 ぴしゃん、ぴしゃんと頬を打つ。

 いつしか瞳は涙に濡れて。

 過去も未来も思い出せない。

 貴女さえ其処に居なければ。

 貴女のせいで。

 貴女が無能だったばっかりに。

 貴女さえ、貴女さえ、貴女さえ……

 自然と湧き出る誰かへの怨嗟。

 それを、私は動作に合わせて口遊くちずさむ。

 貴女さえ、貴女さえ、貴女さえ……

 腕が重たくなっている。

 握り締めたキョウキが、熱い。

 異常への反応さえしない、不出来な情が。

 どくどくと呼吸を荒くする。


 ぐちゃり、ぐちゃりと腕を振り。

 ぴしゃん、ぴしゃんといたずらに。

 人生の総てに意味を喪って。

 それでも私は辞められない。

 軋みだした歯車は、私の身体を蝕んで。

 私は見て見ぬふりをし続ける。

 何かを思い出せそうで。

 私は其れから逃げ出した。

 遂行する作業より、滲む記憶が怖かった。

 ぐちゃり、ぐちゃりと足掻き続け。

 ぴしゃん、ぴしゃんと必死に繋ぐ。

 貴女さえ、貴女さえ、貴女さえ……

 倒れ伏す影に、私は遮二無二怨嗟を込め。

 遂に動かなくなった腕。

 私は力無く肉塊を見詰める。


 深紅に染まった醜いソレは。

 ぐちゃり、ぐちゃりと身を起こし。

 ぴしゃん、ぴしゃんと垂れ流す。

 揺らめきながら、私を捉えた双眸は。

 不思議と誰か判別出来て。

 私の怨嗟の対象は。

 私が痛めつけるのは。


 此処には、畢竟ひっきょう『私』しか居なかった。

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