高校デビュー初日、俺の隣の席に座っていた美少女は、同じく高校デビューを果たした地味系の女友達だった。

七宮理珠

第1話 流石に別人だよな……?

 俺は今、ものすごく緊張している。今が人生で一番緊張していると言っても過言では無い。


 自分のクラスの教室に入り、指定された席に着く。


 きっかけは些細なことだった。

 充実した高校生活――それこそ、ライトノベルの主人公が経験するような輝かしい青春を送ってみたい。

 そんな少し中二病の混じったオタク的な願望が、俺が高校デビューを目指すようになった理由である。


 陰キャは、常に消極的で行動力のない生き物である。

 内心ではリア充になりたいとは思いつつも、「嫌がられるだろうか?」「拒絶されるのではないか」といった失敗のビジョンが無意識に頭に浮かび、「別に興味無い」「一人でいる方が好き」といった理由をつけ、行動することを辞めてしまう。ちなみに全てソースは俺である。


 ただ、別にそれは絶対的に悪いことではないと、俺は思う。

 嫌われたくないと思うのは人間という生き物の性質上ごく自然なことだし、他の人に不快に思われたくないと思うのは、周りの人間を気遣っているからでもある。


 そんな陰キャの俺だが、オタク的な妄想が関わるとなぜか行動力が湧くらしい。本当に謎である。


 鬱陶しいほど長かった髪はバッサリ切り、清潔感のある短髪に。

 細かった体を春休みで鍛え、ほんの少しは筋肉も付いた。

 今まで全くやっていなかったスキンケアにも手をつけ、汚かった肌も見れるレベルにはなってきた。

 親は俺の変貌ぶりにかなり引いていたが、気にしない気にしない。いや、正直ちょっと傷ついた。


 だが、それら全部はあくまで準備。本当のスタートはここからだ。


 ミッション1――隣の席の人に話しかける。


 まず、自分から人に話しかけるのがリア充への第一歩だろう。

 だが……


(ちょ、いきなり美少女とかハードル高くないですか!?)


 俺の隣に座っていた女の子は、それはそれは美人だった。

 薄茶色の髪を肩の上らへんまで伸ばしている。いわゆるショートボブって奴だ。

 ふふ、ラノベを読みまくっているから女の子の髪型には詳しいのだよ……うん、キモいな俺。

 大きな瞳は青く澄んでいて、まるでサファイアのようだ。

 ザ・陽キャな感じのビジュアルにもかかわらず顔立ちは落ち着いていて、知性を感じさせる。


(やっぱやめようかな……)


 そう思ってしまうほどに、美少女に話しかけるのには勇気がいる。


(でも……隣の席同士だし、仲良くなっておいた方がいいよなぁ)


 いずれ話す機会は来るのだから、最初に挨拶をしておいた方がいい。

 そんなことは俺も分かっているのだ。


(ええい!! 真のリア充を目指すならこれぐらいやってやろうじゃないか!!)


 逆に考えるんだ。彼女に話しかけて仲良くお話しすることが出来れば、他の男子と仲良くなるのなんて楽勝と言っていい。

 これはアレだ。強大な敵との戦いを経験したことで、無意識のうちに成長する主人公だ。

 いわゆる「あれ?○○に比べれば大したことないな」だ。


 そうして脳内会議を終えた俺は、ついにその美少女に話しかけた。


「おはよう!」


 俺がそう声をかけると、美少女は振り返る。良かったぁ無視されなくて。


「おはよう!」


 美少女はニコッと笑いながら挨拶を返してくれた。うーん可愛い。

 心の中で深呼吸しつつ、出来るだけ明るく次の言葉を発する。


「初めまして。俺は藍沢迅あいざわじん。これからよろしく」


 俺がそう言った瞬間、美少女は固まった。

 目を大きく見開き、口はポカーンと開いている。

 

(え?俺なんか変な事言ったか?)


 自分の言った事を思い返してみるが、特におかしいことは言ってないはずだ。

 いきなり自己紹介するのはやはり変だったか?いやでも、名前も知らないまま話し続けるのもあれだし……

 もしかして、俺の顔に何か付いてるのか?なんてテンプレなことも考えてみたが、もしそうなら挨拶を返した時点で何かしら反応するはずだ。


 数秒の沈黙ののち、固まっていた美少女はようやく我に返ったようだ。

 その後、少し考えるような表情を見せてから再びこちらを向く。

 そして、先程より少しイタズラめいた笑みを浮かべながら言った。


「私は柏木唯花かしわぎゆいか。よろしくね、藍沢くん」


 ファッ!?

 今、俺の体は先程の彼女のように硬直しているに違いない。

 思わず「ふぁ!?」と声に出しそうにすらなった。よくこらえた。偉いぞ俺。


「お、おう……よろしく」


 驚愕と困惑の気持ちを抑え込んでなんとか返事をする。


 ホントはもっと会話を続けたかったが、頭の中が混乱している俺にそんな余裕はなかった。

 両手を組み、机に肘を立てて考える。いわゆるゲンドウポーズというやつだ。


(流石に別人だよな……?)


 実は、俺の知り合いにも柏木唯花という名前の奴がいる。だが、どうも目の前の美少女とは一致しない。

 ならやっぱり同姓同名の別人……そもそも漢字も同じとは限らないし。


(だけど……もし同一人物ならさっきの反応の説明がつく)


 さっきの驚いたような反応は、俺の事を知っていたから……そう考えると辻褄が合う。


(でも……ねぇ?)


 隣の美少女の方をチラッと見やる。

 俺の知っている柏木唯花という人物は、目の前の美少女とは真逆と言っていい。

 髪型も髪色も違うし、口調も違う。

 なにより、俺の知ってる彼女は眼鏡をかけていて、ザ・陰キャって感じの地味な子だったはずだ。


 同一人物だとしても、流石に変わりすぎだろ。

 そんな、まるで人が変わるようなことなんてある訳がな……あるじゃないか。


(高校デビュー)


 俺の思考がそこまで辿り着いたとき、ふいに俺のスマホから着信音が鳴る。

 スマホを開いて通知を確認する。どうやら某メッセージアプリの通知だったみたいだ。

 ところで、某メッセージアプリは、通知欄からもメッセージが少し見える仕様になっている。



 柏木唯花:昼休みに屋上で



「……」


 どうやら、俺の推測は当たってしまったようだ。



































 


 

 

 




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