チョコレートケーキにオレンジピールとリキュールを

ねこ沢ふたよ@書籍発売中

第1話 ツンデレお嬢様は、幼馴染のためにケーキを焼く

 本当に本当の話、どうしてこの私が、あんなつまらない奴のためにチョコレートケーキなんて焼かないといけないのか。


 ブツブツと文句を言いながらも、沙織さおりは、この日のために二時間は店で吟味したビターチョコレートをまな板の上で包丁で刻む。

 薙刀なぎなた部の部長を務める沙織、刃物の扱いは手慣れている。あっという間に、細かく砕かれて、小さめの鍋の中へ。


「まあまあ、良いじゃない。せっかく沙織がこんな可愛い行事に参加する気になったんだから。いい機会だよ。これを機に、料理にも少しは興味をもって……」


 今回のケーキ作りを手伝ってくれている兄のさかえが、ニコニコしながら沙織をなだめる。


「必要ありませんわ。お兄様は、今回だけお手伝い下さればいいのです!」

 沙織は、ビシリと言い切る。


 だって、本当にそうなんだ。悠馬だって沙織の作ったケーキなんて、本当は興味ないはずなのだ。だって、悠馬の女の子の好みは、昔っから大人しいキャラ。沙織とは正反対なのだ。


 売り言葉に買い言葉。

 「沙織は、こういうの無理だし」「は? 私が何を無理だと決めつけるのです?」「だって、一年中薙刀振り回している沙織にケーキなんか。こういうのは、料理部の志穂しほちゃんとか、そういう大人しいキャラの子が参加する物だろ?」


 校内に貼られた料理コンテストのポスターの前で言い争ったのは、中条悠馬なかじょうゆうま。ずっと喧嘩ばかりしている幼馴染。


「私が料理ごときできないとでも?」

「じゃあ、やってみろよ。……そうだな、いきなり料理コンテストは、周囲に迷惑が掛かる。そうだな、今度のバレンタインに、チョコレートケーキを作ってみるなんてどうだ?」


 ニヤリと笑う悠馬の顔に、沙織はカチンときた。


「そんなのッ! どうして私が!」

「出来ないんだww」

「出来ない訳ありません! いいでしょう。では、悠馬も作って来てどちらが美味しいか勝負いたしましょう!」

「へ? 俺も?」


 それが、現状のチョコレートのドロドロと格闘している理由の全て。

 料理の得意な兄の指導の下、ビターなチョコにオレンジピールとアルコールを飛ばしたリキュールを入れて。

 沙織の心境に似た、ほろ苦い味のチョコレートケーキは、とても美味しくできた。


 フフン。これで勝てない訳がないわ!


 綺麗な箱にラッピングして、リボンを結んで。きっと世界中の誰よりもドキドキする心臓を抱えて登校する。


「ひったくりよ! 誰かぁ!!」


 どうしてこういう時に限って、こういう事件に遭遇するのか。

 校門まで後百メートルという距離で、沙織はひったくり事件と遭遇してしまったのだ。

 この定番の流れにうんざりしながらも、見過ごせない沙織は、自転車で逃げる犯人の前方に立つ。


「お相手いたします」


 薙刀を構えて、沙織は犯人に立ちはだかる。


「ひぁあ、は、何だぁ!」


 薙刀なんて見たことのない犯人は、自転車のバランスを崩す。沙織は、犯人をあっという間に制圧した。


 だが、犯人と沙織の争いに巻き込まれたチョコレートケーキは、箱ごと潰れて、誰しもの予想通りのグチャグチャになっている。


 ―仕方ありません。そういう運命なのでしょう。


 きっと、恥をかく前に、ほのかな期待なんて捨ててしまえと言う神様の掲示。

 もったいないから、家でお兄様と二人で食べましょう。

 悲しみで、チョコレートケーキと同じくらいぐちゃぐちゃな心を抱えて、沙織は登校する。


「よお。ケーキ出来たか?」


 悠馬が、チョコレートケーキが入っているであろう紙袋を持って教室で待っていた。


「それが、やはり私には不向きだったようで……負けは潔く認め……」


 しょげる沙織の目の前で、悠馬が自分の紙袋をケーキごと叩き潰す。


「な? 何を?」

「これでイーブンだ。だから、お前のケーキが欲しい。今朝の事、見てた……その、カッコ良かった…………ホレナオシタ……」


 悠馬の最後の言葉が小さすぎて聞き取れない。


「え? なんとおっしゃました?」

「いいから、もう。早くケーキ寄こせ!」


 ぐちゃぐちゃになった紙袋を強引に渡されて、沙織のケーキを奪って悠馬はどこかに行ってしまった。


「なんなのでしょう?」


 紙袋をあければ、そこにはぐちゃぐちゃのケーキと共にメッセージカードが付いていた。


「読めませんわね」


 チョコにまみれたメッセージカードの文字は残念ながら読めなかった。悠馬が沙織に何を伝えたかったのかがサッパリ分からない。


「ねぇ。なんて書いてありましたの?」


 よりにもよって、メッセージカードの内容が気になった沙織は、次の日に教室の真ん中で悠馬に聞いてみたのだ。


「はぁ?」


 真っ赤な顔した悠馬が素っ頓狂な声をあげた。


「ねぇ、何ですの? 伝えたいことがあるのでしたら、堂々と直接伝えたらいかがですの?」

「沙織! お前、そういうところだぞ!」


 クラス中の『またやっているよ……』という視線が悠馬の背中に刺されば、悠馬は居た堪れなくなって教室から逃げ出してしまった。


「逃げるなんて卑怯です!」


 沙織の言葉は、悠馬には全く届きはしなかった。

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