チョコレートケーキにオレンジピールとリキュールを
ねこ沢ふたよ@書籍発売中
第1話 ツンデレお嬢様は、幼馴染のためにケーキを焼く
本当に本当の話、どうしてこの私が、あんなつまらない奴のためにチョコレートケーキなんて焼かないといけないのか。
ブツブツと文句を言いながらも、
「まあまあ、良いじゃない。せっかく沙織がこんな可愛い行事に参加する気になったんだから。いい機会だよ。これを機に、料理にも少しは興味をもって……」
今回のケーキ作りを手伝ってくれている兄の
「必要ありませんわ。お兄様は、今回だけお手伝い下さればいいのです!」
沙織は、ビシリと言い切る。
だって、本当にそうなんだ。悠馬だって沙織の作ったケーキなんて、本当は興味ないはずなのだ。だって、悠馬の女の子の好みは、昔っから大人しいキャラ。沙織とは正反対なのだ。
売り言葉に買い言葉。
「沙織は、こういうの無理だし」「は? 私が何を無理だと決めつけるのです?」「だって、一年中薙刀振り回している沙織にケーキなんか。こういうのは、料理部の
校内に貼られた料理コンテストのポスターの前で言い争ったのは、
「私が料理ごときできないとでも?」
「じゃあ、やってみろよ。……そうだな、いきなり料理コンテストは、周囲に迷惑が掛かる。そうだな、今度のバレンタインに、チョコレートケーキを作ってみるなんてどうだ?」
ニヤリと笑う悠馬の顔に、沙織はカチンときた。
「そんなのッ! どうして私が!」
「出来ないんだww」
「出来ない訳ありません! いいでしょう。では、悠馬も作って来てどちらが美味しいか勝負いたしましょう!」
「へ? 俺も?」
それが、現状のチョコレートのドロドロと格闘している理由の全て。
料理の得意な兄の指導の下、ビターなチョコにオレンジピールとアルコールを飛ばしたリキュールを入れて。
沙織の心境に似た、ほろ苦い味のチョコレートケーキは、とても美味しくできた。
フフン。これで勝てない訳がないわ!
綺麗な箱にラッピングして、リボンを結んで。きっと世界中の誰よりもドキドキする心臓を抱えて登校する。
「ひったくりよ! 誰かぁ!!」
どうしてこういう時に限って、こういう事件に遭遇するのか。
校門まで後百メートルという距離で、沙織はひったくり事件と遭遇してしまったのだ。
この定番の流れにうんざりしながらも、見過ごせない沙織は、自転車で逃げる犯人の前方に立つ。
「お相手いたします」
薙刀を構えて、沙織は犯人に立ちはだかる。
「ひぁあ、は、何だぁ!」
薙刀なんて見たことのない犯人は、自転車のバランスを崩す。沙織は、犯人をあっという間に制圧した。
だが、犯人と沙織の争いに巻き込まれたチョコレートケーキは、箱ごと潰れて、誰しもの予想通りのグチャグチャになっている。
―仕方ありません。そういう運命なのでしょう。
きっと、恥をかく前に、ほのかな期待なんて捨ててしまえと言う神様の掲示。
もったいないから、家でお兄様と二人で食べましょう。
悲しみで、チョコレートケーキと同じくらいぐちゃぐちゃな心を抱えて、沙織は登校する。
「よお。ケーキ出来たか?」
悠馬が、チョコレートケーキが入っているであろう紙袋を持って教室で待っていた。
「それが、やはり私には不向きだったようで……負けは潔く認め……」
しょげる沙織の目の前で、悠馬が自分の紙袋をケーキごと叩き潰す。
「な? 何を?」
「これでイーブンだ。だから、お前のケーキが欲しい。今朝の事、見てた……その、カッコ良かった…………ホレナオシタ……」
悠馬の最後の言葉が小さすぎて聞き取れない。
「え? なんとおっしゃました?」
「いいから、もう。早くケーキ寄こせ!」
ぐちゃぐちゃになった紙袋を強引に渡されて、沙織のケーキを奪って悠馬はどこかに行ってしまった。
「なんなのでしょう?」
紙袋をあければ、そこにはぐちゃぐちゃのケーキと共にメッセージカードが付いていた。
「読めませんわね」
チョコにまみれたメッセージカードの文字は残念ながら読めなかった。悠馬が沙織に何を伝えたかったのかがサッパリ分からない。
「ねぇ。なんて書いてありましたの?」
よりにもよって、メッセージカードの内容が気になった沙織は、次の日に教室の真ん中で悠馬に聞いてみたのだ。
「はぁ?」
真っ赤な顔した悠馬が素っ頓狂な声をあげた。
「ねぇ、何ですの? 伝えたいことがあるのでしたら、堂々と直接伝えたらいかがですの?」
「沙織! お前、そういうところだぞ!」
クラス中の『またやっているよ……』という視線が悠馬の背中に刺されば、悠馬は居た堪れなくなって教室から逃げ出してしまった。
「逃げるなんて卑怯です!」
沙織の言葉は、悠馬には全く届きはしなかった。
チョコレートケーキにオレンジピールとリキュールを ねこ沢ふたよ@書籍発売中 @futayo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます