コールドブラック
星野 驟雨
ブラックアウト1
代り映えしない日常の中を私達は生きている。
代り映えしない日常の中で私達は歪んでいく。
代り映えしない日常の中に私達は変わっていく。
そして、そんな些細な変化に心を砕く。
気怠い夏の昼過ぎ、四限目の中頃。
教室の後ろ側、窓側の席で少年は外を眺めていた。
頬杖をつきながら教師の話は右から左へと聞き流し、自身のいる教室よりも遥かに鮮やかに晴れ渡る外の景色をただぼんやりと眺めていた。
そこに何かしらがあるわけでもなく、何一つ代わり映えのしない日常の一コマとして過ぎていくだけ。何かがあるとすれば、少年の中にある漠然とした不安と不満、そしてそこから抜け出すための空想だけだった。
空想と言っても、この世界が何度目の世界かを考えてみたり、多少かじる程度に読んだ本の内容の発展形を考えてみたり、あるいは、異性や好きな子に対する情欲であったり。どこにでもあるような、誰にでもあるような、そんなもの。特段面白みのあるものではなく、所詮はただの慰みに過ぎない。
気怠い時間を乗り切るための、とりとめのないもの。
そう、代り映えしない日常の一部だった。
――そう、その目線の先を、何かが降ってくるまでは。
大きな影が目の前を覆い隠した数瞬、少年は反射的に立ち上がった。
それは物珍しさや好奇心などではなく、停滞の中に突然の変化が訪れたせいだと言っていい。まるで冷たいものが触れた時その手を引っ込めるように、彼の身体は反応した。そして、彼の思考は直面した事象を前に加速し、一つの結論を出す。
「……人?」
急速に巡る思考によってさまざまな想定を吟味した結果が口から漏れ出した時、少年は途端に恐ろしく思った。心拍は高まり、嫌な汗が全身に滲む。まさか、そんなはずはないという考えが思考を埋め尽くしていく。
そう、それは本能に備え付けられた防衛機能ともいえるもの。
現実からの乖離を拒絶するものでも、彼が甘んじて受け入れていた代わり映えしない日常という平穏を守るものでもなく、紛れもなく彼の心を守るもの。
それが、窓の外、ちょうど彼のいる席の横に落ちた何かを見せまいとしていたのだ。
それが少年を、彼のこれからを歪めてしまうことを知っているからこそ。
……だが、少年の欲望は、その障壁を前に囁く。
綺麗になっていくクラスメイトに劣情を抱いて捌け口にすることと何が違うのだと。もうこんなもの見れないかもしれないのだと。
──見たかったのは、こういうものだろう?と。
見えるはずもない映像が、あの影の正体が脳裏に浮かぶ。
それはどんな大きさだったか、どんな姿をしていたか、どんな顔をしていたか、どんな格好をしていたか、どんな体勢で落ちていったのか、何を想ったのか、どうしてそうしたのか。
防衛機能が検閲したものを、本能が一つずつ紐解いていく。
時間にして20秒もなかったことだろう。
少年は、下を覗き込むことを選んだ。
汗ばむ手で窓の鍵を開ける。
浅い呼吸は、高揚によるものか恐怖によるものかはわからない。
窓を開けば、熱風が吹きつける。
湿っぽく、こちらを押し退けようとする。
そこになんだか嫌な感じを覚えながらも、振り切って下を覗き込もうとしたときだった。
「そのままだと死ぬよ」
背後から穏やかで優しい女性の声がして、身体が浮いた。
落ちると認識した刹那、まるで世界が回るかのように少年の意識は途絶えた。
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