宝のぬいぐるみ

九戸政景

宝のぬいぐるみ

 嵐が雨と風で窓を大きく揺らす中、静まり返った洋館の中を一人の女性が歩いていた。


 どこかピリついた洋館内ですれ違う使用人達が目を伏せながら通り過ぎたり、近くの部屋から数人の男女の怒号が聞こえたりしていたが、女性は静かに歩き続けた。


 そしてある部屋の前で立ち止まると、ドアをゆっくり開ける。そこは洋館の主の部屋だったが、室内は盗みに入られたかのように荒れ、女性はため息をついた。



「……酷い有り様。仮にも由緒正しい宝生ほうしょうの家の人間なのだから、もう少しお行儀よくすれば良いのに。これを見たら刀之介とうのすけお祖父様も悲しむわね」



 そして女性は、迷わずにある物に近づく。それはベッド脇に置かれていたウサギのぬいぐるみであり、女性は近くに置かれていたハサミでぬいぐるみの胸の辺りを切り裂き始めた。


 数分後、女性の目は嬉しそうに輝き、ぬいぐるみの胸の中からはハートの形に加工された見事な柘榴石ざくろいしが取り出された。



「……綺麗。これが遺産を受けとる権利を手に入れるための大切な……」



 その瞬間、女性は誰もいない部屋の中で大きな笑い声を上げ始めた。



「くっくっく……あーはっはっは! ほんと、刀李とうりもこの家の人間も愚かよね。刀李なんてただの同僚の私に遺言書やこの柘榴石ついての暗号の事を話しちゃうし、この家の誰もが私の事を刀李だと思い込んでいるんだもの。

まあ私は、学生時代に映画研究部では特殊メイクの担当で、刀李と私の声は似ていたからね。そのお陰で簡単に忍び込めた上にこうして遺産を受けとる証も手に入れられた。安心しなさい、今は亡きお祖父様。貴方の遺産は、この私がしっかりと使ってあげるから!」



 女性は勝ち誇った笑みを浮かべながら笑い、照明の光を反射して輝く柘榴石にうっとりとしていた。その近くにかつて“ヴィーナスの愛”と名付けられた柘榴石が何者かに盗まれたという古い新聞記事のスクラップがあるとも知らずに。

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宝のぬいぐるみ 九戸政景 @2012712

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