喋るぬいぐるみ

碓氷果実

喋るぬいぐるみ

「ぬいぐるみを使った盗撮とか盗聴の話ってあるじゃないですか」

 出し抜けに滝山たきやまがそう言った。

「ああ、ヒトコワの定番だよな。アイドルがファンから貰ったぬいぐるみに隠しカメラが、ってやつだろ」

 ですです、と言いながら隣のデスクでコンビニパンをかじる滝山は僕の三年下の後輩だ。ちなみにそのパンは昼食ではなくおやつである。

「まさにその話をさっき読んで、思い出したことがあって」

「仕事中だぞ」

「お昼に読んだんですぅ」

 食べ終わったパンの袋を細くたたんで結びながら、滝山は唇と尖らせる。ふざけている。

「あれに似た話があるんですよ」

 先輩、怖い話好きでしょ? とのぞき込んでくる滝山は――僕はそういう感情はないが――客観的に見れば外見はかなり可愛い方だ。まさか、そういったストーカー被害に遭ったことがあるのか?

「え……お前それ大丈夫なの」

「あ、まあ正確に言うと、逆なんですけどね」

「逆?」

「ぬいぐるみから声が出るようにしてたんですよ」

 滝山の話はよく飛躍する。

 聞き出した話を整理すると、学生時代、サークル仲間と友人にドッキリを仕掛けた。その内容が、声が録音できるぬいぐるみを友人にプレゼントして、タイマーの時間が来たらぬいぐるみがいきなり喋りだすというものだった、ということらしい。

 そこまで聞いて僕は合点がいった。

「それ、実際に流れたのは録音したのと違う声でした、って話じゃないのか?」

 それもまた怖い話の定番である。まあ、実際に起きたらそりゃあ怖いだろうが、怪談収集を趣味とする僕にとっては――言っては悪いが、ありきたりな話だ。

「違いますよ」

 しかし、滝山はあっさりと否定した。僕の早合点だったようだ。

「ちゃんと録音した声は流れたんですけど、その友達、ぽかーんとしちゃって」

「まあドッキリならそういう反応のこともあるんじゃないか。というか、そもそもなんのドッキリなんだよ。それによってリアクションも変わるだろ。誕生日とか?」

「いや、んですよね」

「は?」

「その日、別にその友達の誕生日でもないし、めでたいことがあったわけでも、落ち込んでるから励まそうとかってこともなくて。クリスマスとかのイベントでもなかったんです」

「じゃあ、なんでドッキリなんか仕掛けたんだよ」

 わっかんないんですよねえ、と滝山は腕組みをして首を九十度近く傾けた。

「でもその友達以外のサークルメンバーの中ではなんかそれをやるのが当然! って感じになってて、私も全然疑問に思わなくて。やろうやろうってめちゃくちゃ楽しかったんですけどね」

「やろうって言い出したやつに聞けばいいんじゃないの」

「それが、誰かがその録音機能付きのぬいぐるみを持ってきてドッキリしようって話になった、ってことはみんな覚えてるんですけど、そのが誰なのかって話になると、みんなわかんなくなっちゃって」

 友達も、なんでも無い日にいきなりぬいぐるみ渡されて、しばらくしたらそのぬいぐるみからサークルメンバー全員の声で意味不明な言葉を言われるしで困惑したでしょうねえ――ペットボトルのカフェラテを飲みながら、なぜか他人事みたいに滝山が言う。

「……その意味不明な言葉ってなんだったの?」

「う〜ん、なんだったかなあ……うろ覚えですけど」


 足の裏の耳に聞こえないように、あと三年がんばってね!


「みたいな感じだったような気がします」

「ええ……」

 意味がわからない。しかもなんか嫌だ。

「友達に、なにこれ? って言われて、徐々に私たちも、あれ、なんだっけこれ、ってなって。でもそれまではもうドッキリ大成功〜! ってなるイメージしかなかったんですけどね。なんだったんですかねアレ」

 知らん。

「ちなみにその人形、捨てたけど戻ってきた……なんてことは?」

「まさか。それですよ」

 と滝山は、自分のデスクを指差した。

 モニターの横にちょこんと置かれている某ビーグル犬のキャラクターの、手のひらサイズの小さいぬいぐるみ。てっきり滝山がそのキャラが好きなんだと思っていた。

「誰もいらないって言うんで、でも捨てるのも怖いし家に置いとくのも嫌なので、会社に置いてるんです」

 電池は抜いてるので大丈夫ですよお、と滝山は言うが、そういう問題じゃないだろ、と僕は思った。

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