【KAC20232】「地上最後のヌイグルミ」

水ぎわ

第1話 「地上最後のヌイグルミ、名前をもらう」

 僕は、地上最後の『ヌイグルミ』だ。

 最後のものは何でも大事にされる。だから僕も、博物館のガラスケースの中で大事に展示されている。


 最初の記憶はキラキラしたガラス。その向こうにいる大勢の視線。

 たぶん視線だろうと思う。ガラスがあんまりキラキラしているので、いつもよく見えないんだ。

 大きなものと小さなものが並んでこちらを見ているのは分った。

 

 そして小さなものは、もれなく僕と同じ形のオモチャを抱きしめていた。『ヌイグルミ』だ。

 握りしめられ引きずられ、投げられながらも最後は抱きしめられるオモチャ。

 どれもガラスケースの中にいる僕には、無理なんだけど。

 僕は、いつか誰かのヌイグルミになりたい。


 それから何年も何年も、僕は温度も湿度も計算されつくしたガラスケースの中にいた。

 ひとりで。





 その子に気づいたのは、偶然だった。

 輝くガラスに、ぺたりと小さなものが張りついたんだ。しばらく見ていて、それが小さな生き物=子どもだと気がついた。

 子どもは何かをしゃべっていた。振動がガラスに伝わり、波となって届いた。


「あたし、バイユー。あなたは?」


 僕はちょっと考えた。


「……『ヌイグルミ』」

「ちがう。それは『種類』でしょ? 

 あたしが聞いているのは、名前。あなたが家族からもらった名前よ」


 今度は考える必要もなく、首をふった。


「名前は、ない」

「……あら」


 子どもは驚いたように少し動いた。そしてガラスから手を放してしまった。

 僕は急激にがっかりする。

 もっとしゃべってみたかったのに。

 僕にとっては、生まれて初めての言葉だから。


 ガラス越しに見ると、子どもがゆらゆらしているのが見えた。しばらく動いてから、またガラスに引っついた。

 ぺたり。


「じゃあ、あたしが名前をあげる」

「ほんとにくれるの? どんな名前?」

「……コールミ」


 子どもはひとりでうなずいた。


「コールミ。いい名前でしょ。自分でも言ってみて」

「……コールミ、いい名前だ」


 キラキラしたガラスの向こうで、子どもはいっそう軽やかにゆらめいた。


「じゃあまたね、コールミ」

「またね、バイユー」


 子どもは飛び跳ねるように消えていった。

 ゆらゆらした動きが見えなくなっても、なんだかガラスの向こうに彼女がいるような気がした。


 僕は名前をもらった。

 コールミ。いい名前だ。

 そして、バイユー。僕の初めての友だちだ。

 

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