視線
マフユフミ
第1話
たぶん、気まぐれだったんだと思う。
「これ、やるよ」
そういって手渡されたのは、オレンジ色で手のひらよりも少し大きな、なんとも言えない表情をしたカワウソのぬいぐるみだった。
場所は駅裏にあるゲームセンター。
薄暗い空間に、ゲーム機の眩しい光が反射している。
私は、友人の夏美とその彼氏のヒカルくん、そしてその友達のタケルくんの四人でそこに来ていた。
夏美は明るく活発、見た目もぱっと目を引くような美人だ。入学当初から数々の告白を受けた末、サッカー部のエース候補であるヒカルくんと付き合い始めた。
今日はダブルデートという想定らしい。
引っ込み思案で影に隠れがちな私を、タケルくんとくっつけてしまえ、とカップル二人で盛り上がったらしいのだ。
まったくそういう気もないのに、半ば強引に引っ張ってこられたのはタケルくんも同じらしく、二人ともどことなく気まずいような時間を過ごしていた。
なんとなく四人でゲームセンターに入り、それぞれが好きなことを始める。
夏美とタケルくんは案外ゲームの好みが似ているようで、二人で何やら暴力的なゲームに夢中になっている。私は手持ちぶさたでゲームセンター内をぶらついているときに、UFOキャッチャーをしているヒカルくんに出くわしたのだった。
ヒカルくんはそういうのが得意らしく、なんなく標的をゲットしていく。その様子を黙って見ていたら、突然差し出されたのがカワウソだった。
「ありがとう」
そういうと、ヒカルくんはかすかに目を細めて笑った。
次の日、せっかくなので私はそのカワウソを通学カバンにつけることにした。少し大きいけれど、まぬけな顔が気に入ったから。
「えー、なんかダサいよ~」
夏美は笑うけれど、ぶさかわだよ、なんて言って、それをつけたままでいる。
「なんか、誰かに見られてる気がするの」
夏美がそんなことを言い出したのは、ゲームセンターの日から一週間ほどたった頃。
隣にいる私は何も感じないし、夏美にもそう伝えているけれど、どんどん夏美の怯えは強くなっていく。
今日もまた、夏美は誰かからの視線に怯えている。可哀想なその震える背中を擦りながら、私は自分の席で揺れているカワウソを見る。
もう何年も、心の中で大好きだったヒカルくんからのプレゼント。
その彼女を遠くから見ているくらい、許されるでしょ?
視線 マフユフミ @winterday
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