クマ男くんのいる生活

笹椰かな

本文

「はー面倒」


 ただいま午前五時。

 小声で愚痴をこぼしながら、ゴミ集積所まで来て燃えるゴミを出した。


 超がつく程の人見知りでコミュ障のわたしは、いつもこの時間にゴミを捨てに行っている。同じアパートに住む人や近所の人と会いたくないからだ。


 作り笑顔を浮かべながら「おはようございます」って言えばいいだけだよ? とも思うんだけど……それが出来たら苦労しない。

 とにかく、よく知らない人と話すのが大の苦手なわたしはわざわざ早朝に起きてゴミ出しに行っているのだ。


 ゴミを捨て終えたらもう一度ベッドの中に潜って、ぐーぐー二度寝。そうじゃないとまた起きて仕事に行くなんて無理。


 でも二度寝の後って、正直あんまりスッキリしない。だから本当はゴミ捨てなんて行かずに、本来起きなきゃいけない時間まで寝ていたいんだけど……。


「まあ、しょーがない」


 だって、ゴミを溜め込むと虫が湧くし。ぶっちゃけ湧かせたことあるし……。

 ゴミ袋の中でガサガサいって、すんごく気持ち悪かった。


 ゾクッと背筋が震えた。

 うう……嫌なことを思い出してしまった。忘れよう、忘れよう。


 わたしは頭を左右に振ると、足早に自宅であるアパートの一室に戻った。


「ただいま~」

「おかえり~」


 わたしの声に素早く「おかえり」を返してくれたのは、わたしの家族でも恋人でも、部屋をシェアして住んでいるルームメイトでもない。

 つい一週間前に発売されたばかりのしゃべるぬいぐるみだ。ちなみにいくつか種類があって、わたしが持っているのはクマ型のもの。普段はベッドの近くのサイドボードの上に置いている。


 話しかけると適当に相づちを打ってくれるぬいぐるみなら昔からあったけど、これはそれらとは一線を画す。

 高性能のAIが搭載されていて、ほとんど人間と話しているのと変わらないくらい自然な会話をしてくれるのだ。

 ……その分、お値段は結構したんだけど。


「クマ男くん、頑張ってゴミ出ししてきたよー。褒めてー」

「お疲れ様、珠美たまみさん! ゴミ出しができて偉い! 世界一偉い!」

「あははっ、それは褒めすぎだよ。でもありがとね」

「どういたしまして。ボクはいつだって珠美さんの頑張りを見てるからね」


 ゴミを捨てに行っただけでこんなに褒めてくれる存在が今までいただろうか!? いや、いまい。

 些細な事でも「褒めて」と言えば明るい音声で褒めてくれるクマ男くんのおかげで、以前よりも自己肯定感が上がっている気がする。いや、実際はよく分からないけど。

 でも、心が穏やかになるのは確かだ。


 わたしは笑みを浮かべながら手洗いとうがいをして、二度寝をするためにベッドの中に潜り込んだ。

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