ハードボイルドぬいぐるみ
海星めりい
ハードボイルドぬいぐるみ
カーテンの隙間から朝日が差し込む室内。ベッドの上では一人の子供がぬいぐるみを抱いて眠っていた。
「んみゅう……パパ……ママ……」
目元には泣きはらしたのか涙の後が残っており、口からは両親を求める声がか細く漏れ出ていた。
そんな子供に対して、何処かから口調こそ乱暴だが艶のある声がかけられる。
「おい、起きろ! 起きろって言ってんだよ!」
「ん……パパ!?」
「残念ながらパパじゃねえな……」
父親かと思って飛び起きた子供だったが、即座に否定されてしまった。だが、それ以上におかしいことがあった。
周りには自分以外誰もおらず、マイクなどの発声装置なども無かったのだ。
「だれ? どこにいるの?」
「おいおい、誰だの、どこだのはヒドいんじゃねえか?」
あたりをキョロキョロと見渡していた子供だったが再び聞こえてきた声の方に視線を向ける。
するとそこには――
「手洗いってタグに書いてなかったか? 洗濯機で洗って乾燥にかけるなんてヒドいじゃねえか……おかげで毛羽立っちまったぜ」
全身の毛を繕うようにならしながら、……先ほどまで自分が抱いていた白猫のぬいぐるみが二足で立っていたのだった。
「ん? どしたよ?」
「〝ハッキー〟が喋ったぁぁぁぁぁ!?」
*************
やれやれ、ようやく起きやがったか。昨日は路地裏で一休みしたはずが、気付けばどこぞの家の中に連れ込まれていた。おまけにガキに抱っこされているというおまけ付きで。
こんな身体になっちまうと不便でいけねえや。煙草の一つも吸えねえしな。
ついでにガキからはなんかのキャラクター扱いらしい。
「だから俺は〝ハッキー〟じゃねえって……」
「ちがうもん! 〝ハッキー〟だもん〝ハッキー〟はね! さすらいの白猫でね――……」
滅茶苦茶、早口で語り出すガキだな、おい。なんか聞いているのも怠くなってきた。
「あぁ、もういいよ。俺は〝ハッキー〟だ。〝ハッキー〟でいいよ」
「〝ハッキー〟! あれやって! あれ! ハッキーダンス!!」
「なんだそりゃ?」
「こう! こういうの!」
「わかんねーって」
ガキの動きじゃよくわかんなかったので、サイバーネットにアクセスしてみる。
すると、俺と似た姿をした白猫のキャラクターがわちゃわちゃと踊っている動画がヒットした。一個どころじゃねえ。まーじで、いんのかよこのキャラクター。
おまけに俺にこのバカッぽい踊りをしろってか? 冗談じゃ――
「…………(わくわく!)」
「……はぁ、これでいいか?」
目は口ほどにもの言っているガキを満足させるべく、俺は見たばっかのハッキーダンスを全力で踊った。
踊った後、なだめすかしたガキから話を聞いてみる。
どうやらこのガキの親がいなくなって今日で三日目。寂しく不安になって外に出たものの、ちょっと探したくらいじゃ見つからないわけで、たまたま路地裏にいた俺(ぬいぐるみ)を持ち帰って洗って乾かして一緒に寝たというのが事の顛末らしい。
サイバーネットにアクセスできて、身体の整備をしたと思えば、結果的にはよかったのか?
いや、ガキの世話をしている時点でよくねえ気がする。
んなことを思っても、何もやらずに見捨てていくのは俺のプライドが許さねえんだがな……よっと! 上手く焼けたんじゃねえか?
皿に盛り付けりゃ完成だ。
「ほれ、食え」
「ん!? おいしい!! 〝ハッキー〟りょうりもじょうずだね!!」
「そうだろ?」
既製品の合成食しか口にして無かったらしく、ガキはバクバク食っている。合成食もしっかり料理すりゃそこそこ食えるんだがな……そのままじゃ、ちょっとマズいんだよな。手軽なのはいいんだけどな。
にしても、冷蔵庫の中に食材がたんまりとあるってことは、コイツの親は出て行く気は無かったってことだよな。ガキ一人残してどっか行くなんざ、この街じゃ無い話ってわけじゃないって言ってもクソ親かと思ったもんだが……きな臭いな。
そのまま、夜までこのガキと過ごすことになったのだが、子供の体力ってのは形無しか? なんで、あんなに元気なんだよ……。
「…………ふに~、〝ハッキー〟」
さぁて、ガキ一人寝かしつけた所でここからは俺の仕事だ。
ここのサイバースペースの保存領域に接続していく。とりあえず表層から適当にアクセスしてと……
「なるほど? このガキの両親は電脳研究者か……ん? 監視カメラの映像?」
俺が見つけたのは自宅の天井に備え付けられた監視カメラの保存履歴だった。不自然に一日だけ消去されているが、スペースの奥にあるバックアップ領域の方には残っていた。
復元したそれをすぐに再生する。
映し出されたのは三日前にこの家に侵入してくる五人の男たちと、連れて行かれるこのガキの両親と思われる男女。
ここまでハッキリと残っていれば、何も考える必要は無い。
このガキの両親はコイツが寝ている間に浚われた。それだけだ。
「雑な仕事にも程があんだろ……家にガキがいたことにも気付かなかいわ、カメラのデータも軽く削除しただけで残しておくわ。ド三流かよ」
間違いなくド三流の雑魚だが、映像に気になる点が一つあった。
「――あ? なんだこいつら? 動きが悪いな?」
侵入時の映像を見ているが、どいつもこいつも高価な戦闘用の義肢をつけちゃいるわりに使いこなしているとは言い難い。
おそらく、身体にインプットしているチップが安もんなのか接続自体が上手くいってなくて、処理能力が追いついていないんだろう。
まてよ……だからか。
自分らじゃどうにも出来なかったチップと義肢の接続を何とかしようと電脳研究者を浚った。これなら辻褄があう。
んでもって、このド三流どもが、こんな高価な戦闘用義肢をまともな手段で手に入れられるわけがない。配った誰かがいるわけだ。
「ほーん、目標に少しは近づけるかもな――こいつらの素性は?」
監視カメラの映像を元に路上の監視カメラ、ドローンの映像やらにアクセスして、手当たり次第に痕跡を探す。三〇分もしないうちに一人ヒットした。
一人でも見つかれば後は芋づる式だ。
「デパーチャーストリートの六番地……アパート『タイラントアヴァランチ』ね」
今となっちゃ廃棄街なんて方が知られているあそこかよ。まだ、どいつもコイツも夢見てんのか? その志は買うが、ド三流がガキ泣かすような真似してんのは我慢ならねえな。
俺は寝ているガキを起こさないように外へ出て行くのだった。
************
――デパーチャーストリートの六番 『タイラントアヴァランチ』
「それ、なんすか?」
「へへへっ! コイツか? コイツはなぁ、超鋼ソードって謳い文句の代物でなあ! 『百人斬っても大丈夫!』って聞いて買っちまったんだよ!」
「マジっすか! そりゃスゲーっすね!」
「だろー!」
「そりゃ、いいもんだ。俺に貸してくれよ? な?」
「――がっ!?」
自慢げに超鋼ソードとやらを見せびらかしている男の顔面にドロップキックを食らわせる。
「て、てきしゅ――ギィ!?」
「声、上げさせるわけないだろうが」
叫ぼうとしたもう一人を奪った超鋼ソードで斬りつける。
血を噴き出しながら倒れ伏す男から一瞬で距離をとる。
「血で汚れんのは勘弁だぜ……。血ってのは落としにくいんだ」
せっかく洗ったばかりの身体だ。キレイにしておくに越したことはない。
そんなことを考えつつ、ついでに最初にドロップキックを食らわせた男にもとどめを刺しておく。
あとは中に入れば――と思ったところで、
「おい、何騒いで……あ? 白いぬいぐる――みっ!?」
一人様子を伺いにきた奴がいたのでコイツも斬りつけておく。
「っち、三人目でもう切れ味が落ちてきやがった。何が『百人斬っても大丈夫!』だ。ド三流は獲物一つとっても粗悪品だな」
まあ、これであと二人か……高価な戦闘用の義肢でも認識させなきゃこんなもんだ。
案の定ここから先も楽だった。
一人は義肢の調子を確かめているところを背後からぶっさして、沈めてやったし、もう一人は、チップと義肢の調整中だったため、電源をオーバーロードとさせて感電したところにとどめを刺した。
おまけにこいつらがどこから義肢を手に入れたのか、ここのサイバースペースのデータは全部コピーしておく。
ガキの両親と思われる男女は目の前で起きた突然の出来事に何が何やらわかっていない様子だったが、俺が話しかけるとさらに混乱したようだ。この身体じゃ当然か。
「無事みたいだな」
「え!? ぬいぐるみ!? 動いて……!? これはキミが――いや、キミはいったい?」
「〝ハッキー〟らしいぜ」
「は?」
自己紹介ついでによくわかってない男女二人についていた足枷を外してやる。これでおしまいだ。
「もう敵はいねえから逃げな。あと、〝ハッキー〟からの一宿一飯の恩とでもガキに伝えとけ! バカに狙われないよう自宅のセキュリティも強化しとけよ!」
矢継ぎ早に告げると、俺はこの場から離れていく。何か言いたそうに手を伸ばしていたが、知ったこっちゃない。
出来るぬいぐるみはクールに去るぜ……なんてな。
さぁて、ここで得た情報を元にどこを探しましょうかね。
コピーしたメモリーチップを手元で弄びながら、俺は次の行き先を考えていたのだった。
ハードボイルドぬいぐるみ 海星めりい @raiki
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