第2話


 木の実はどれも甘酸っぱくてとっても美味しい。口の中が幸せだわ。山菜は、茹でたり揚げ物にしたり…どう調理してみようかしら。

 調理は明日、魔力を回復させてからね。


 この辺りは人も寄りつかないでしょうし、自由に気儘に生活できるかしら。こんなにだらしなく頬が緩んでしまっても、気にしなくて良いのね。


 王城で掟やしきたりに縛り付けられ、魔女として酷使されていたのが馬鹿馬鹿しく思えてくるわ。



 ジルたちも美味しそうに木の実を啄んでいる。


 その光景が微笑ましくてニマニマしていると、下に続く階段から獣耳がぴょこぴょこと覗いているのが見えた。


 黒猫…?かしら。


「猫さん?迷い込んでしまったの?」


「にゃ!?…おっ、お前、誰にゃ!?昨日までこんにゃ建物はにゃかったはずっ」


 喋れるってことは、この子も魔物ね。威嚇されても愛らしいわ。でもダメよ、急に触っては。嫌われてしまうかもしれないものね。


「私は魔女のシェルフエール。国を追い出されてしまったの。お邪魔してごめんなさい」


 魔女…と、呟く黒猫の警戒が少し緩んだ様な気がする。


「あ、あんたの魔力は、良い匂いするにゃ。強い…魔力の匂いにゃ」


「魔力に匂いがあるの?」


 首を傾げると、床についた私の指に黒猫が鼻先を近づけた。

 スンスンと動くそれがくすぐったい。


 チラッと上目遣いでこちらを見るまん丸の猫目が本当に可愛らしくて、動悸が…っ。

 と、胸を押さえていたら逃げられてしまった。素早い動きに、あ、と思った時には姿が見えなくなってしまった。


「またいつでも来てね!」


 声は、届いたかしら。また、会えると良いのだけれど。ぜひあのもふもふへ顔を埋めたいわ。






 木の実をみんなで食べ、満足した鴉たちは1羽、また1羽と帰っていった。


「じゃあ、明日、あなたたちのお家を直しに行くわね」


「ワカッタ!朝、迎エニ来ル」


 片方の羽を広げて振る姿は、バイバイをしてくれている様でほっこりする。


 帰っていくジルを見送ると、寂しさが込み上げてきた。


 それを誤魔化す為にも、いそいそと寝る支度を済ませ、ベッドに寝転ぶ。

 しかし、カリッと床を削る音がしてすぐに起き上がった。


「あら、黒猫さん。どうしたの?」


 拗ねているのかしら…。


 そっぽを向きながらも、何も言わず近づいて来る黒猫に怯えられない様、ゆっくりと手を伸ばしてみる。ぺろっと舐めてくれる舌はざらついていてくすぐったい。


 あぁ、今すぐにでも抱きついてふわふわを堪能したい…っ。だめよ、落ち着きなさい私。


「…あんたの魔力、変にゃ」


 こっちを真っ直ぐに見つめる瞳は、潤んでいる。


「変って、どういう意、!?」


 急に飛び上がったかと思ったら、押し倒され、私の胸元へ黒猫が擦り寄って来た。


 も、もふもふ、ふわふわよ!!くっ、かわいい!!


 全身を一生懸命に擦り付けてくる。


「あ、えっと…黒猫さん?…大丈夫?」


 真っ黒な毛を撫でながら声をかけてやる。


 さらに身体を押し付けられてしまったわ!!落ち着いて、私。冷静さを失ってはダメよ。


 少し体を離して目線を合わせてやると、とろりとした瞳に、熱い吐息。


「あんたの、匂いのせいにゃ。こんにゃの、オレ、初めてで、どうしたらいいの」


 私のせいで!?あっ、強い魔力は魔物を惑わし使役するって、そういう事だったのね。ジルは懐くだけだったけど…この子は。


 どうしようかと悩んでいたら、うるうるとした瞳で見つめられる。


「ねぇ、あんたのせいにゃんだ。助けて?」


 あぁー。だめ、かわいい。首を傾げて私を誘惑しないで!!


「そうね、私のせいでこんな風になってしまったんだものね」


 だったら仕方ないわ。


 ぎゅうっと抱き締めて、布団へと一緒に転がる。宥めるように全身を撫でてやると、黒猫は気絶するように眠ってしまった。


 この子の高い体温のおかげか、私もすぐに眠りにつくことができた。






 早朝目を覚ますと、すでに黒猫の姿は無かった。


 名前も聞けなかったけど、また会いにきてくれるかしら。

 そういえば王太子も数年ほど前に、同じ様に私のベッドへ潜り込んできたことがあったような…。


 山菜を食べながらそんなことを考えていると、ジルが迎えに来てくれた。


「おはよう、ジル。今日はよろしくね」


「オハヨウ!早速ツイテキテクレ!!」


 ジルは、歩く私の前を先行して飛んでくれる。

 日は昇っているのに、暗いわね。ジルに案内してもらわないと、迷子になりそう。




 あ、これは、確かにボロボロだわ。焦げた跡もある。


 木の上に乗っかっている、木の枝が器用に組まれた鳥の巣は、真ん中から割れてしまっている。


「…直セルカ?」


「これくらいなら大丈夫、簡単よ」


 巣の縁に手を乗せ、魔力を流す。メキメキと音を立てながら元々の形を成していった。


「治ッタ!シェルフエール、アリガトウ!!」


 どういたしましてとジルに返すと、スカートの裾を引っ張られる感覚に、振り返る。


 今度は白梟だわ。まん丸でかわいい。


「梟さん、どうしたの?」


 魔物では無いのか、言葉ではなく羽の指した方を見ろという様な動作に、視線をそちらへ向けてやる。

 そこにも壊れた鳥の巣があった。


「あなたのお家ね?いいわ、直してあげる」


 上下に身体がぴょこぴょこ動くの、本当に愛らしい…。


 一旦地面に降り、白梟の巣がある木に浮遊魔法で登る。ジルの家と同様に直してやると、すぐに飛び込んできて、お礼だという様に昆虫を差し出され、顔を引き攣らせてしまった。


 白梟なりのお礼をしてくれているのよ。頭ごなしに拒否してはいけないわ。


「ごめんなさい。私、虫は苦手なの。お家を直すくらい大した事じゃないから、気にしないで」


 残念そうにさせてしまったわ。申し訳ない…。


 そっと白梟を撫でて、木を降りる。


「他に困っている事はない?」


 その言葉を待ってましたという様に、様々な動物や魔物たちが寄ってきて、囲まれる。


「ひとりずつ聞いてあげるから、落ち着いて」


 至福だわ。もふもふ、ふわふわに包まれているわ、私!この子たちの為ならいくらでも魔法使える…っ。



「母チャンノ言ッテタ事、ホントダッタ!魔女、オレタチノ生活、豊カニシテクレル!!」


 これくらい、いつでもいくらでもウェルカムよ!!あら?でも、魔王は何をしているのかしら。



 頼まれるまま、住処を直したり、子供のおもちゃを作ってやったり。動物や魔物に囲まれてそれはもう楽しかった。

 それももう落ち着き、魔王への疑問をジルへ投げてみた。


「魔王サマ、コノ森ニ人間タチガ攻撃デキナイヨウ結界張ッテクレテル!オレタチ守ッテクレテル。コレ以上、迷惑カケタクナイ!!」


 なるほど。確かに、細かい事までやってもらうのは忍びないのかもしれないわね。それに、この森に結界が張ってあるってことは。


「私は追手に怯えなくて済むのね!」


「魔王サマガ守ッテルノハ、魔物ダケダ。シェルフエールニハ効果ナイ」


「え?」


 ということは、追手はここまで来れると…?私も守ってよ、魔王!!


 半ば絶望していると、足元にふわふわとした感触。

 あら、黒猫さんだわ。


「オレが守ってやるにゃ。オレだって強い魔物だからにゃ!」


 ふぁ!?か、かわっ。昨日の今日で説得力ないけど、自信満々に宣言しているの、愛おしすぎて全て許せるわ!!


「私を、黒猫さんが守ってくれるの?」


 しゃがんで撫でてやると、擦り寄ってくれる。さらには、腹を見せて転がる黒猫。


「昨日、オレを助けてくれたからにゃ」


「…っく。それは心強いわ。あなた、お名前は?」


 仕草、言動、すべて最高だわ。危うく変な声出そうになった。よく耐えた、私。


「オレに名前はにゃい。みんにゃ猫って呼ぶ」


「じゃあ、つけてあげる。そうね…クロとか?」


 黒いからクロなんて、安直すぎるかしら。

 そう思ったけど、黒猫はキラキラと瞳を輝かせた。


「オレの、名前!クロ!!」


 喜んでもらえたみたいで、良かった。


 心強いお友達がまた増えて、私は幸せ者ね。だけれど、追手がここまで来るとしたら、人の足だとあと2日ほどかしら。

 対策を練らないと…。


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