悪役を受け入れた魔女は殺しにきた勇者(魔王)に溺愛される

こむらともあさ

第1話


 自分の魔力が強大なのは理解してる。だからって、別にどうこうしようなんて思ったことなかったのに。


「貴様、その力で私を王の座から引摺り降ろそうとしているんだろう!!」


 どうやら、我が王は歳をとって耄碌してしまった様だ。被害妄想が過ぎる。

 私は頬を痙攣らせながらも、失礼があっては余計に誤解を与えてしまうと思い、笑顔を必死で保った。


「私はその様なこと、一切考えておりません。この身心は陛下に捧げております」


 深々と頭を下げようとも、そんな思いは陛下には全く伝わらなかったのだけど。


「反逆を企むこの魔女を殺せ!今すぐに!!」


 目が逝っちゃってますわ。唾がここまで飛んでくるよう。

 誰がいつそんなことを企んだと?一度も想像すらしたことなかったわ。それとも私は、誰かに嵌められたのかしら。




 陛下の号令で騎士たちが私を囲む。



 私はこの国の発展の為と、この力を極めてきたのに…。いや、やめよう。どの道、今から国に追われる身だ。


 コツと、わざと音を立てて一歩前へ出る。


「陛下がそう仰るなら、仰せのままに……この国を奪ってみせましょう!」


 まあ、別に、そんなこと本気でやろうなんて思ってはいないけれど。



 黒いロングワンピースを横に広げ軽く頭を垂れた後、大きく翻す。突風が私を包んで竜巻を起こした。


 私の魔法はよくご存知でしょうに、皆さんどうしてそんなに驚いてるのかしら。でも、私に近付く事も出来ず狼狽する姿、とても滑稽で愉快だわ。

 高笑いしてしまうほどに。


 そもそも勝手な妄想で裏切ったのは其方。



 より魔力を込めると天井を支える柱がメキメキと音を立て、ガラスが無惨に割れていく。


「これからは私にいつ陥落させられるのかと、怯えて暮らしてくださいね、陛下」


 陛下へにっこりと笑いかけると、ヒッと怯えられる。可愛らしく言ったのに、解せないわ。



 パチンっと指を鳴らして、私はさっさとその場から姿を消してあげた。






 浮遊感に瞼を上げる。


 王城の真上に来たはいいけど…どこに行こうかしら。裏の森は広大で且つ鬱蒼としていて、魔物も動物も多いのよね。


「魔物たちは、味方に出来るかしら」


 指を鳴らして箒を呼び寄せ、跨いで魔力を込めると夜風が頬を滑っていく。


 やっぱり箒だと速いわね。あっという間に着いてしまったわ。



 降り立った森の中心部は木々によって遮られ、月明かりも届いていない。


 王城からもかなり離れたし、この辺りでいいかしら。塔なら高さもあって、辺りも警戒しやすいわよね。


 地面に触れると、キラキラとした光の中にゆっくりと塔が出来上がっていく。

 魔法で造れるけど、魔力消費が激し過ぎる。まだ土台程度しか出来ていないのに。


 これは数日掛かりそうね。



 近くの木の根元へ座り込む。すると、バサリと音がして、頭皮に爪の刺さる痛みと、重み。


「アンタ、魔女カ?コンナトコロデ何シテル」


「あら、鴉さん。あなたの縄張りだったのかしら。私、住処を追われたの。申し訳ないのだけれど、住まわせてちょうだい」


 私の頭の上に座ったのか、羽毛の柔らかさと体温が眠気を誘う。


「ココハ魔物ノ森ダ。魔力持ッテル魔女ナラ大歓迎!俺タチノ生活、豊カニシテクレルッテ母チャン言ッテタ!…デモ、魔女、顔色ワルイ。人間ドモニ悪イ事サレタノカ」


 魔女が魔物の生活を豊かに?そんな事聞いたことがない。だが、ここに居ても良いなら好都合。


「王様に魔力を恐れられて、殺されそうになったの。それで、ここに住む所を建てようと思って。でも、かなり魔力を使うのね。疲れちゃったわ」


 鴉が頭から膝へ移動してくる。左右に忙しなく首を傾け動かす姿は可愛らしい。つい、撫でてしまった。


「家ヲ造レル魔力アルノカ!?スゴイ!ソンナニ強イ魔女ハ、オレガ生マレテ100年、初メテダッ」


「そうなの?」


 眠い…。

 瞼がくっつきそうなのに、鴉は喋り続ける。


「オレタチモ、手伝ッテヤル!感謝シロ!!」


「…それは、たすかる…わ。…あり、がと……」






 バサバサと聞こえる羽音と朝日の明るさで、目を覚ます。



 鴉が、沢山。


 ゆっくりと身体を起こすと、その中の1羽が寄ってきた。


「魔女、起キタカ!!見ロ、ミンナデ家ヲ造ル材料用意シタ。コレデ、魔力ノ消費少ナクテ済ム!オレヲ褒メロ!!」


 土台だけ出来た塔の横へ、木材や石材がひと晩で山積みに…。驚きで言葉が出ない。

 焦れたのか、鴉が旋毛を嘴で突いてきた。


「オ礼モ言エナイノカ!?薄情ナヤツ!!」


「違うの…びっくりしちゃって。本当に、ありがとう。すごいわ…」


「ソウダロウ!嬉シクテ声モ出セナカッタカ!!」


 えっへんと胸を逸らす鴉。



 人に裏切られたばかりの私には、小さな魔物の優しさが胸に沁みる。



「鴉さん、あなたお名前は?」


「ジル!魔女モ名前、アルノカ?」


「私はシェルフエール。よろしくね、ジル」


 私はどうやら心強い味方ができたみたい。頭を私の頬に擦り寄せてくれるこの子は、大事なお友達だわ。




 早速みんなにお礼を言って、造りかけの塔へ手を翳す。魔力を込めると、木材や石材が集合し、渦を巻く様にうねり、塔へと姿を変えた。


 一度の魔力放出で完成した、けど…、魔力がどっと減ったわ。もう動ける気がしない。


「スゴイスゴイ!材料ガアルトハイエ、1回ノ魔法デ完成サセタ!!」


 鴉たちが興奮した様子で私の周りを飛び回る。


「確かに私の魔力は強大だと言われてきたけど、もうクタクタなのよ?」


 ジルが肩に乗ってきて、羽を広げてぴょんぴょん飛び跳ねた。


「魔王サマミタイダ!魔王サマハ、コレクライデ疲レタリシナイケドナッ」


 魔王?今、魔王って言った?


「ち、ちょっと待って。魔王って、国を滅ぼすっていう、あの…?存在してるの?」


 物語でしか聞いたことがない、魔界を統べる王。そもそも魔界も実在しないものだと考えられているはず。


「魔王サマ、魔界ト国ノ境ニアル城ニイル。国ヲ滅ボスノハ、ヤメタッテ言ッテタ!」


 翻意してくれて本当にありがたいわ。って、そうじゃなくて。

 魔界も魔王も実在するってことよね。匿ってもらえたら、私、兵士に殺される心配なくなるかしら。

 いやいや、でも魔王よ?逆に殺されるとか…見返りがえげつないとか。


「シェルフエール、大丈夫カ?」


 血の気が引いていたら、ジルが心配そうに覗き込んでくれる。



 魔王は、魔物も使役しているはず。なら、この子も…。いえ、疑ってはダメよ。手助けしてくれたんだから。


「ごめんなさい。なんでもないわ、大丈夫よ」



 グゥーっと私のお腹が鳴る。

 そういえば、昨晩から何も食べてなかったわね。


「腹減ッテルノカ!木ノ実デモ山菜デモ採ッテキテヤル。待ッテロ」


 そう言うと、ジルは複数の鴉を連れて何処かへ飛んで行ってしまった。


 こんなに至れり尽くせり…。どうしてここまでしてくれるのかしら。

 それにしても、身体が重いわ。昨日から魔力を使いすぎてしまったから。


 無理矢理足を動かし、塔の中へ入る。

 螺旋状の階段を登りきると、ひとつの狭い部屋にキッキンとテーブルとベッド。


 家具類も無理して作ったのが、とどめだったわね。


 ふう、と、息をついてベッドへ腰掛けると、ひとつしかない窓をコツコツと叩くジルがいた。


「もう戻ってきてくれたの?」


 窓を開けて迎え入れると、数匹の鴉たちが入って来て、テーブルへ布を広げた。


「すごい、こんなに沢山…。どうして」


 紺や赤の実がキラキラしている。それに、山菜もみずみずしい。


「オレタチノ巣、雷デ壊レタ。シェルフエールニ直シテホシイ」


「そんなのいくらでも直してあげるわ。本当にありがとう、ジル。それに、鴉さんたち」


 ジルをぎゅうと抱きしめる。鴉たちは喜びを体現する様に、塔の周りをギャアギャアと飛び回っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る