転生したらぬいぐるみでした

関口 ジュリエッタ

 転生したらぬいぐるみでした

 病室のベッドで一人の少年が息を引き取ろうとしていた。

 わずか十六歳の少年 槙沢信まきざわしん。楽しい高校生活中、突然病に覆われて一年間病院生活を過ごす事になった。

 両親に見送られた信は真っ白な空間にいた。


(ここは……どこだろう……)


 あたりを見渡しても真っ白い景色が続く。

 

「待て、そこの少年」


 背後から年老いた細い声が聞こえ、信は背後を振り返ると、そこにいたのは白い着物を着た、白髪と白く長い顎髭の老人がこちらに訪ねてきた。


「僕のことですか?」 

「お主以外に誰がいる」

「それで、あなたは誰ですか?」

「ワシは神だよ」

「………………」


 ここはあの世、きっとこの人はボケた老人だと思い、仕方なく話を合わせることにした。


「おぬし、さてはワシをボケた老人だと思っているな」


 思っていることが見抜かれた。


「じゃあ、神様という証拠を見せてくれよ」

「わかった。おぬしはかわいそうに若くして亡くなったからのう、もう一度前世の記憶を持って転生させてやるぞ」

「もう一度生き返るなら、妹とまた一緒に暮らしたい!」


 信は鼻息を荒くさせて答えた。


「ホッホッホ、お主は妹の事が好きなのだな」

「もちろんだ! 僕は毎日妹の事を考えて、妹が外出したらバレないように身を隠して後をつけたり、妹の洋服や下着などは責任もって洗濯したりと、妹の事を毎日大切に思っている!」


 信の話を聞いた自称神様と名乗る老人は顔を引きつる。


「お主をこのまま転生させるのは、お主の妹に申し訳ないが、約束は約束じゃから一応お主の妹の時代に転生させてやろう、ほれ目をつぶるんじゃ」


 一体何が起きるのか気になりはしたが、言われるがまま信は目をつぶる。


「よし、行くぞホイッ!」


 自称神と名乗る老人が両手を広げて信に向けたら、掛け声とともに信の身体が眩く光りだすと、一瞬にしてこの場から消え去るのであった。

 

(もう目を開けてもよいぞ)


 自称神と名乗る老人に言われたとおり、信はまぶたを開くと、そこは見覚えのある光景だった。

 可愛らしいピンクのベッドにピンクのカーテン。机の上には家族写真が立て掛けられてはいたが、兄の写っているところだけハサミで切り取られている。


(間違いない! ここは妹の部屋だ!!)


 心の奥底からテンションが湧き上がり、妹のベッドに向かおうとした時、ふと気づく。

 部屋の中が異様に広く感じ、ダイブしようとした妹のベッドも学校の二十五メートルの長さのあるプール並みの大きさに見える。

 思考が停止してる中、また自称神と名乗る老人が自分の脳に語りかけてきた。


(今、お主は人間の姿ではなく、ある物に魂を移した)

「ちょっと待ってくれ! 一体僕は何に生まれ変わったんだ!?」

(テーブルの上に鏡があるだろ、それで自分が何に生まれ変わったか見てみるのじゃ)


 信はテーブルの足をよじ登り、置いてある一際でかい鏡を見ると、そこに写っていたのはなんと妹が大切にしていたクマのぬいぐるみ。


(おぬしは今、クマのぬいぐるみに魂が宿り、新たな人生を歩むのじゃ)

「おいちょっと待て! 老害! 僕はぬいぐるみじゃなくて、人間に生き返りたかったんだ!」

(なんでおぬしが魂を宿す先を決めるのじゃ? ワシは神、おぬしより立場がかなり大きい身分なのじゃからワシが決めるのは当然)


 自称神と名乗る老人の高らかな笑い声に、信の腹は怒りで煮えたぎる。


「ふざけるな老害! いいからもう一度人間に戻すんだ!」

(無理じゃ。――というか普通は生き返らせたんだから礼の一つも言えんのか? ――これだから最近の若いものわ……)


 老害の言葉にさらに信の怒りが倍増。


「もう一度、僕の魂を他のに移し替えろ!」

(無理と言っておろう――もうそろそろ次の仏様をあの世で道案内しないといけないから、さらばじゃ)


〈あああっ! こら逃げるな! おーい! 聞いてるのか老害!!〉


 信は罵詈雑言ばりぞうごんと騒ぐが、返事もない。

 腹の中にある苛立ちが煮えたぎる信は気持ちを抑えるため、妹のベッドに移動しようと後ろを振り返ると、制服姿の妹が驚愕きょうがくな光景のあまり口を大きく開けてこちらを見つめている。

 とっさに信は勢いよくテーブルの上に座り、ぬいぐるみのように息を殺してジッとしたが、手遅れだった。


「もうぬいぐるみを持ってる歳でもないし、処分でもするかな」


 クマのぬいぐるみを持った妹は部屋窓を開けて放り投げようとした時、

「待ってくれ我が妹よ!」

「その気持ち悪い声、お兄ちゃんだよね? これは一体どういう事なのか説明してもらえる?」

「わかった、ちゃんと説明をするから窓から放り投げないでくれ!」

「いや! 話の内容によってはこのまま窓から放り投げるから」


 信は絶体絶命の大ピンチの中、一生懸命死んだあとの経緯を話す。

 妹は呆れはしたが、窓を閉めて信をそのままテーブルに起き、九死に一生を得る。


 この妹の名は槙沢心まきざわこころ 中学三年生でもうすぐ高校受験だ。

 艶のある黒髪ツインテールでまだ幼さがある見た目に対し、身体はナイスボディ、中学生とは思えないほどの巨乳の持ち主。

 学校ではかなりモテているのに対し、兄である信は髪の毛も手入れをした事がなく、常にボサボサの地味な感じの見た目。


「というわけだからお兄ちゃんは、今日からここで暮らす事にしたから。よろしくな心」

「よろしくするかっ!」


 心は強引にぬいぐるみの頭を鷲掴みしながら、生前使っていた信の部屋のドアを開けると同時に、勢いよくぬいぐるみを投げつけて部屋のドアを閉めた。


「何するんだ心、早くドアを開けなさい!」


 ドア越しからとんでもない発言を心はする。


「今日、お父さんとお母さんが用事で帰ってくるのが遅くなるから家に彼氏を呼ぶの」


 信は思わず心肺停止になりかけた。


「いつの間に彼氏を作ったんだ!? お兄ちゃんは認めません! 今すぐ別れなさい!」

「お兄ちゃんに言われる筋合いはないよ、もし勝手に私の部屋に入ってきたら燃やすから」


 荒い口調で話を終えた心は自分の部屋に戻っていく。




 しばらくして心の彼氏が自宅へと来た。

 自分の部屋に閉じ込められているため、顔が見れないが、話し方が異様にチャラい。

 

 隣の部屋で一体どんな会話をしているのか、何の会話をしているのか、気が気ではいられないと突如、隣の部屋から心の悲鳴が上がる。

 とっさに信は部屋のドアに向かうが、非力で小さいサイズの人形の姿じゃドアノブに手は届かない。

 このままジッとしていたら心の身に危険がせまる。

 信は一か八か、ある賭けをした。


「神様ー! 聞いているなら返事をしてくれ!!」


 大声で転生させてもらった老人――いや、神様を大声で叫ぶと、

(どうしたんじゃ?)

「頼む! 助けてくれ!」


 信は先程までの出来事を事細かく神様に説明をすると突如、信の視界に神様が降臨した。


「なるほどの……。確かに今のおぬしじゃ助ける事は不可能じゃ――よし特別に力を授けよう。ほれ後ろを向きなさい」

「わかった」


 うしろに向いた信に神様は呪文を唱え始めた。

 すると、信の身体全体に力がみなぎり、以前人間だった時よりも何倍にもパワーが上がったと感じる。


「どうだ? これならどんな奴でも勝てるぞ」

「ありがとうございます、神様」

「ようやくワシを神様だと信じてくれたか?」

「もちろん!」


 役目を終えた神様はこの場から消えると、信は勢いよくジャンプをしてドアノブを掴みドアを開けた。

 そのまま心の部屋に突撃すると、部屋の光景を見た信は炎のような激しい怒りになる。

 金髪のいかつい少年は心の服を無理やり脱がし、犯そうとしていたのだ。


「ぬいぐるみ? 何でこんなところに――まあ、いいや。俺はぬいぐるみより心ちゃんの身体に興味があるから」

「やめて! お願い助けてっ!」


 涙目にこちらを見る心を見て、信は強靭的なスピードで金髪の少年目掛けで鋭く鋼のような拳を振り下ろし顔面を捉えた。


「グハッ!」

「心 逃げて警察に通報をしろ!」


 金髪の少年はかなりのダメージを受け、よろけている隙に心に逃げるよう指示する。


「わかった! でもお兄ちゃんが…………」

「いいから俺の事は構うな!」


 心は部屋から飛び出す。


「喋るぬいぐるみがあるなんて、科学の力ってすごいな」

「感心してる場合じゃないぞ! もう一発お見舞いしてやる!」


 信はもの凄い速さで相手に攻撃をしようとしたとき、悲劇が起こる。

 走る速度が遅い。――しかもみなぎってたパワーもいつの間にか無くなり、ただのクマのぬいぐるみに戻ってしまう。

 この状況はマズイので急いで神様にもう一度コンタクトを取ってみる。


「神様!」

(どうしたのじゃ?)


 コンタクトを取ることに成功した。


「力が弱くなってる!」

(ああ。時間が切れたのだよ)

「はあ? この力、一時的なのかよ!?」

(当たり前じゃ、そんな人間離れした力を永久的に得たら、ろくな事に使うかもしれないからな)

「悪い事に使うわけないだろ! どうすんだよ今、危機的状況だぞ!」

(知らん、なんとか持ちこたえろ。――それじゃ、ワシは忙しいのでな)

「ちょっ! おい! クソ老害ジジイ!!」


 いくら喋っても返事がない。


「さっきから何をブツブツ喋っているんだ、このぬいぐるみは」


 さっきから独り言のように喋る信に、しびれを切らして襲いかかってきた。


「クソ! やるしかない」




 それから五分も掛からないうちに警察が自宅に来て、暴れる金髪の少年を取り押さえ、連行した。

 心は急いで部屋に向かうと、無惨にもバラバラになったクマのぬいぐるみを発見。


「そんな…………お兄ちゃん」


 瞼に涙を滲ませて首しかない熊のぬいぐるみを抱きしめた。


「……ここ……ろ」

「お兄ちゃん!?」


 なんと、まだ微かに信は虫の息ではあるが生きていた。


「今すぐ糸でパーツを縫い合わすから!」

「もう……手遅れ……だ……今まで……迷惑……かけて……ごめん……な」

「喋らないで! 今すぐ裁縫道具持ってくるから!」

「…………」


 急いで心はリビングに向かい、棚の引き出しから裁縫道具を持って部屋に戻った。


「今助けるからね」


 慣れない手付きでバラバラになったパーツを繋げていく。


「お兄ちゃん……私こそごめんなさい。お兄ちゃんが死ぬなんて信じたくないから、最後のお別れの時、お母さんとお父さんと一緒に病院に行きたくなかったの。ほんとはお兄ちゃんの事、嫌いじゃなかったよ。お願いだから生き返ってお兄ちゃん……」


 形はいびつだがなんとか熊のぬいぐるみを直したが、返事はなかった。

 ぬいぐるみを抱きかかえながら心は泣き叫んだ。



 それから月日は過ぎ、高校生になった心は新品の学生服に着替え、部屋を出ようとすると背後から視線を感じる。


「あれ?」


 心は後ろを振り向くと、下着が入ってるタンスの引き出しが開いており、ぬいぐるみの足だけが見える。

 不思議に思いながら足を引っ張ると、そのぬいぐるみは熊のぬいぐるみだった。


「まさかね……」



 熊のぬいぐるみを心はジッと見つめ、ほっぺにキスをして部屋の隅に置き、学校に向かうのであった。

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