白夏緑自

第1話

 流行、と言うわけではないが生まれた赤ん坊の体重と同じ重さに揃えたテディベア──ウェイトドールとも呼ばれる──を作って、思い出を形にする家族がチラホラいる。


 2018年6月29日に生まれた真中詩織の家族もウェイトドールを作成した。これは、出産予定日の二週間前。母親のおなかの中にいる詩織の身体が小さいまま生まれるだろう、そう検診された帰り道に決めた。そして、娘の成長に合わせて、重さを調整しようとも話し合った。


 体重なんて心配する必要がないほどに健康に育つまで、毎月続けていこうと。

 918g。小さな体と小さな産声。強く抱きしめれば潰れてしまいそうだ。父親はふと、そんな考えが浮かんだ。


 取り上げた医師が母親に詩織の顔を見せる。産声が聞こえず不安になっていた彼女は、しかし娘が息をしていることを確かめると安心し、緊張の糸が途切れそのまま眠りに落ちた。

 これから詩織は母親と同じ病室ではなく、NICU──新生児集中治療室──にて医師や看護師たちに見守られることになると説明されたのは父親だった。

 容体が落ち着いた母親と、余った有給消化を無理やり取り付けた父親は改めて、医師に娘の今後を聞かされた。


 曰く、どんなに手を尽くしても、一緒に過ごせるのは半年間だと覚悟してほしい。


 この日のことは、夫婦二人ともあまり覚えていない。喜怒哀楽の感情をぶつけ合ったことだけは、遠い日の思い出のように心に残っている。


 その数日後、娘をまだNICUに残したまま、母親は退院した。

 我が家にはすでに、注文していたウェイトドールが届けられていた。

母親はまるで、娘の代りを埋め合わせたような感覚に不吉な意味を見出してしまいそうで、じっくり10分、見つめることしかできなかった。

やがて、なにか抗えぬ衝動に推されて、ウェイトドールを抱き上げた。

軽い。たったの1㎏にも満たぬ、まだ知らぬ娘の命と同じ重さ。


 父親の電話が鳴った。不安な予感が的中した気がして、ウェイトドールに顔をうずめる。聞かない、聞きたくない。現実は辛いことばかりだから。今だけはせめてもの幸せに浸らせてほしい。そう思っていたのに。


 現実を見に、引きずるように身体を動かして、半年どころか一月も経たぬうちにこんな日が来るなんて。恨む相手も見つけられぬまま、病院へ戻って、結局、全てが終わってようやく娘を抱き抱えることが出来た。

 ほんの少し残っていた、血が通っていた証拠の温もりは頬を伝う涙より冷たかった。


 4年経つ今でも、夫婦の家にはウェイトドールは彼らの家で大事にされている。出生時から少しだけ、重さを調整されて。

 897g。ウェイトドールはただのぬいぐるみ。心臓も血も通っていない、ただの無機物。だから、ここに21gは入っていない。旅立ったのだ。重たくて不自由な身体は残して。21gの自由な姿だけを引き連れて。

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白夏緑自 @kinpatu-osi

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