第10話 鴨川の幽鬼
「なんだ。まだ帰れぬのか」
もう十分に働いたであろうにと、紫檀は、目を丸くする。
「よく考えろ。北の鳴神、南の鵺。どちらも、帝に恨みを持つ者であろう?」
晴明の言う通り。帝に裏切られて恨みを持っていた鳴神、帝を病に陥らせて失敗した鵺。双方とも、帝に仇なす者だ。
「つまりは、狙いは帝。西と東の白虎と青龍の守りにも、帝に恨みを持つ者を配していると思わんか?」
つまりは、南と北だけではない。西と東にも同様の危機が迫っていると言いたいのだろう。
「分かれて行くぞ」
晴明の言葉に従い、鳴神は東へ、紫檀は西へと向かった。
ーーーー
東の鴨川に、鳴神は立つ。
まだ夜の明けぬ暗い川辺に一つ。幽鬼の陰がある。
瘴気をまとい、自らの抱く恨みに身を焦がして佇んでいる。
一人でこの幽鬼の退治に向かわせた晴明を鳴神は思う。
晴明は面白い。そもそも、帝に恨みを抱いていた自分に、このように東の幽鬼退治を任せるとは。
幽鬼は、じっとこちらを見ている。
この幽鬼の正体は、晴明に教えられている。
昔、服従することで、その支配権を認められると言われて上京したところ、だまし討ちのような形で討たれてしまった蝦夷の男。アテルイ。
鳴神がスラリと抜いたのは、朝廷守護の宝剣。
晴明が鳴神に渡した物だ。
アテルイを討伐した坂上田村麻呂の
帝を恨んでいた私が、この剣を振るうことがあるとは思わなかった。
鳴神は、剣をアテルイに向かって構える。雷撃を帯びた剣は、鳴神の手の中で鈍く輝く。
アテルイの幽鬼は、じっとこちらを見ている。
「ぬしの未練も恨みも、存分に理解できるが、無辜の民を巻き添えにはできない」
これは、鳴神が晴明に説得された時に言われた言葉。
帝が正しいとは言わない。騙された悔しさは、分かるがそれに巻き添えをくう罪なき者の悲しみは何とする。新たなる恨みを産むだけだろうと諭された。
アテルイは、大剣を抜く。アテルイからの言葉はない。
もはや言葉は聞こえていないのかも知れない。静かに眠りについていたものを無理に起こされて利用されているのだろう。意識のない恨みの塊として。
鳴神を敵とみなしたのか、猛然と向かってくる幽鬼。鳴神は受け流す。
さすがに生前は武勇を誇った勇者であるアテルイの身のこなしは素早く隙が無い。鳴神がただの剣客であったならば、負けてしまっていたであろう。
だが、鳴神は術師。雷撃を身にまとい黒雲を呼ぶ。
いっそ早く楽にしてやろう。
鳴神の雷撃が辺りを取り巻いた。
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