第8話 うつぼ舟

 聞いた通りの亡霊。

 これが、噂のぬえの亡霊であるのかと、紫檀は気を引き締める。


「ああ、仁左衛門と申す。漁師だ。この辺りに妖が出て漁もままならん。だから、いかがなものかと確かめに来た」

晴明が、涼やかな顔で大嘘をつく。


 簡単に名を明かせば、相手に気取られるということだろう。


「左様でございますか。それは、申し訳ございませんでした」


相手は、目も見えていないのだろうか? さして疑う様子もなく、漁師だという嘘をそのまま受け入れる。


「しかし、私も困り果てているのでございます。このような場所に止められて、流れるべき場所へたどり着くことも出来ず、ただ討たれた恨みや後悔を続けております」

鵺は語り出す。


「おおよそ、妖という物は、そこにあると言うだけで、邪とされて人に疎まれる。私のように浅ましき姿をしたものは、特に風当たりが強く生をうけてから、ずっと人を恨んでおりました。そこで、その恨みを晴らすべく、時の帝を妖力を使って病に陥れたところ、源頼政の矢によって射抜かれてしまったのです」


 頼政は武勇をあげ、その武功により名刀、獅子王丸ししおうまるを下賜されたのだという。

 そして、鵺の遺骸は、粗末なうつぼ舟で流された。


「妖力の使いどころを間違うから、疎まれる」


「どなたでございましょう?」


「妖には、妖の居所があろう? 帝など狙うから、人間に追われる。人を病にするという妖力も、使いどころという物があるだろうに」


紫檀は、鵺の質問には答えずに持論を述べる。


「……この尊大さ、この妖力……おのれ妖狐か。妖のくせに人に尽くす。稲荷神の庇護を受け、妖のくせに人のような姿をする。お前なんかに、俺の辛さが一かけらでも分かる訳がない」


ぐらぐらと鵺の亡霊が、怒りで煮えたぎる。

 

「わざと煽りおって。クソガキ狐」


晴明が、はあ、とため息をつく。その横で鳴神が苦笑いをする。


「いいじゃねえか。この方が話は早いし楽しいだろうが!」

ケラケラと紫檀が笑う。


 鵺は、生前の妖の姿に戻るが、どこかおかしい。いくつもの髑髏どくろが体にまとわりついて、鵺の体に憑りついている。


「妖の亡霊の邪念に、人間の亡霊が吸い寄せられたか」


巨椋池おぐらいけでは、数年前に疫病が流行った。その前には、大きな水害もあった。その時に弔われもせずに湖に埋もれた亡霊が、鵺の力を増幅させている。


 伝承の通り黒雲を纏い雷撃を帯びている。

 毒霧を尾の蛇が吐き、甲高い声で鳴く。


「さあ、ぶん殴って喰らってやろうか。楽になれ鵺よ!」


 紫檀が、鵺にとびかかっていった。

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