哲学論法

脳死は死か?

「アメーバは単細胞生物だもんね! 意識ないけど、生きてるは生きてるよね」

「って、そこからぬるっと始まるの⁉ けっこうどうでもいいことだよね?」

「薄情だなぁ。アメーバだって生きてるんだよ~」

「そりゃ生きてるけどもさ……。真面目に話そうか、雪兎君」

「そうだねぇ。脳死かぁ……。死って言ってるんだから、やっぱり死なんじゃないの?」

「でも心臓は動いてるんだよ」

「心臓動いてても脳は止まってる訳でしょ。そもそも脳死から回復した例ってあるの?」

「一応はあるらしいんだけど、そもそも脳死の判断が間違ってたみたいなんだよ」

「つまり脳死じゃなかったってこと?」

「そういうことだね。医者の判断ミスってのも、まあ、たまにあるらしいし」

「お医者さんも万能じゃないから、ミスもある、か。でもミスされた方はたまったもんじゃないよね。命かかってるんだから」

「僕は医学に関しては門外漢だから、医者が悪いとか責める立場にはなれないけど、ミスで人生が左右されるのは納得いかないよね」

「経済学しか知らない、ただの社長だもんね」

「しか、ってことはないよ。まあ知ってるとは言っても知ってるつもりってことになるんだよね、哲学的には」

「ソクラテスだね。……経済を勉強したはずなのに倒産しちゃった社長とかいっぱいいるもんねぇ」

「倒産というワードを出すな、縁起が悪い! ていうか、脳死に話を戻そうよ」

「じゃあ、さねちーは脳死になったら、ドナーになってレシピエントに臓器提供する?」

「しないね! だって臓器提供しても僕に金が入ってくる訳じゃないだろ。レシピエントの家族から謝礼は出るかもしれないけど、そもそも、それを受け取る僕自身が脳死状態な訳だし。メリットは少なそうだよ」

「さすが、金と利益でしか動かない男、さねちー! よっ、冷血漢、無慈悲、ブラック社長!」

「ブラックじゃない! ブラックじゃない!」

「さねちーって本当に金命って感じだよね。金がなくなったら死んじゃうかもね」

「うん、否定できない。じゃあ雪兎君、逆に君が脳死になったらどうする? ドナーとして臓器提供するかい? 君の命で誰かの命が助かるとしたら?」

「僕が狩り中に熊から反撃を受けて、運が悪いことに、熊の強烈ナックルで脳に損傷をきたし、意識を失った僕が目覚めることは、もう二度となかった的なことになったらってこと?」

「そんな具体的な例は求めてない。ていうか、物語風にまとめるな。そして、何か将来、本当にそうなりそうな話をするな。普通に脳死したとして、どうするの?」

「え~、別に死んだらもう終わりだし、僕の身体をどうしようとどうでもいいよ」

「投げやりにならないでよ。もうちょっと、ちゃんと考えようよ」

「だって、死んだら終わりでしょ?」

「嫌なこと聞くな。死んだらどうなるかなんて分からないよ。天国とか生まれ変わりとか、本当にあるって証明されてないだろ」

「でも僕は死んだら終わりだって思うなぁ。さねちが死んだら、さねちが今まで大切にしていたお金全部は、さねちのものじゃなくなるんだよ」

「すっごく嫌なことを言うよね、君は!」

「どうなるんだろうね、さねちーの遺産。犬神家の一族みたいになったら、僕が金田一役をやってあげるよ」

「君に探偵役は無理だ。giftのメンバーになんとかしてもらうよ。……それよりも、どうしよう。僕が死んだ後の金……。真葛家で山分けになるのかなあ、嫌だなあ」

「おーい、さねちー、またお金の話になってるよ」

「あ、いけない、脳死の話だったね」

「機械に繋がれて生かされているだけってなんかファンタジーみたいだよね」

「そうだね」

「じゃあ、僕って実は身寄りがないじゃない?」

「うん」

「そんな僕が脳死になったとして、後見人のさねちーは僕の臓器摘出をOKしますか。ちなみに、さねちーにとって僕はとても大切な人とします」

「ツッコミ所満載の喩え話だね! え、ていうか君の後見人って、本当に僕になっちゃってる訳?」

「そうだよ」

「さらりと言うな! えっ、本当⁉」

「うん、だって、一番お金にしっかりしてるのはさねちーだもん」

「そりゃそうだけど。そんなこと、いつ決めたっけ?」

「飲み会のとき」

「…………」

「別にいいじゃない。僕が死んだら遺産は全てさねちーのものだよ」

「そうだね、別にいいよ、後見人!」

「もし僕が借金作ったら払うのもさねちーだけどね」

「それは止めて」

「で、どうなの?」

「何が?」

「僕が脳死したらの話だよ。大切な僕の臓器を提供しちゃうの?」

「目を潤ませるな、26歳! それよりも何で僕は君のことを大切に思ってるんだ」

「遺産のためだろ」

「ああ、そうか。うーん、大切な人なら渋るよね」

「レシピエントの家族が高額の謝礼を……」

「提供しよう!」

「全く、こんなクズ野郎でも人間なんだよね」

「そうだよ、僕は人間だよ! お金が好きで何が悪い!」

「うわぁ、清々しいまでの開き直り。……今、思ったんだけどさ、僕の周りで将来ハゲそうなのって、さねちーだよね」

「唐突だね。そして嫌な予想をしてくれるな。ハゲは嫌だよ」

「え~、だって考えてもみなよ。一番の苦労性はさねちーじゃん」

「そう言われればそうだね。春も立夏も何やかんやで楽しそうだし。君はニートだし」

「ニートじゃないよ。ハンターだよ。お兄さんと一緒にしないでよ」

「お兄さん? ああ、有明(兄)君ね。彼は君と違って超ネガティブ思考だから、ある意味ハゲそうって気はするよ」

「うん、そだね。二人してアデランスで植毛されればいいのに」

「うわあ、嫌な図だなあ、それ。ていうか、アデランスって」

「リーブ21でもいいよん」

「どうでもいいよ。そんなことよりも、何でこんな話になってんのさ。脳死の話をしようよ」

「ま、たとえハゲても、さねちはさねちって言いたかっただけだけど」

「そこに無理やり繋げちゃうんだ。……脳死は人間の死ではないという考えについてだけど。脳死になった人が少しでも生きる可能性があるのなら、それに懸けて延命治療をするべきかってことだよね」

「でも延命治療って、お高いんだよ」

「一日数十万飛ぶからね、かなり大きい……」

「数十万あれば色々できるよ」

「そうだよ、数十万……」

「さねちー、金の亡者の顔になってるよ」

「ああ、いけない、いけない。でもさ、命は金で買えないんだよね」

「おお、さねちーから、こんな言葉が出るなんて!」

「そんなに驚くなよ。まあ大抵のものは金を積めばどうにかなるけど、命は量れないってこと」

「ほう……」

「どんなに金を積んだとしても死ぬ時は死ぬんだからさ……結局、人それぞれの価値観って気がするよ。家庭によって事情は違うしね」

「もう、お手上げ?」

「いや、ちゃんと考えてはいるよ。結論なんて出るものじゃないと思うし。きっと哲学者の夏目さんだって明確な答えは出せないよ」

「さねちー、ちょっといい?」

「ん? 何?……って、何なの⁉」

「はい、ハニワのポーズ」

「はあ⁉ 人が真剣に語ってる時に何してんだよ」

「これが身体的共鳴だよ」

「違う、やらされたんだ!」

「えー、僕はさねちーを楽しまそうとしただけなのにー」

「知るか! たまには真剣に語り合ってくれよ、頼むから。全く、僕が将来ハゲたら半分くらいは君のせいだと思うよ」

「そうなったら責任取って、僕が一緒にアデランスに行ってあげるよ」

「絶対に年取っても髪ふさふさであろう君とは行きたくないね!」

「ちぇー、じゃあ話を戻して生命の神聖説について」

「そうだね、人間の生命には絶対的な価値があるから、何がなんでも殺しちゃダメってやつだね」

「でも本当にそうなのかな。春ちゃんと僕は神聖な生命だけど、さねちーとお兄さんは汚れた生命だし……」

「おいおい、何で僕と有明君(兄)が汚れた方にカテゴライズされるんだよ、僕達、人間だからね⁉ 差別意識持たないでよ?」

「教師は聖職、社長は汚職」

「上手いこと言ったみたいな顔するな。君と有明君は同じニートなのに何で差があるの」

「顔だよ、顔」

「酷過ぎる! 勉強では有明君に敵わないからって……」

「でもお兄さん高卒でしょ」

「まあ、そうなんだけど。でも彼、東大中退だからね。日本の最高学府に入れる頭は持ってたってことだからね。ああ、何で僕は有明君の弁護を必死にしているのだろう」

「で、脳死についてだけど……」

「また急に話を戻すね。まあそろそろ結論を出さないといけない時間なんだけど」

「結論なんて出せないでしょ」

「ああ、そうだった。でも、まとめとして……」

「さねちーはハゲる!」

「アホッ! 違うわ! えーっと、自分が家族や大切な人の脳死に直面した時、どうするのか、考えるのは自分であり明確な答えなんてないってことなのかな……。やっぱり哲学は答えが一つじゃないから難しいよ」  

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