後輩からのお誘い……これは……
男女の高低差が印象的な掛け声。ボールの跳ねる音、そして躍動感溢れるスキール音…… 歩いていると、それらが徐々に近づいて来る。
僕、星河、そしてサレナの三人は体育館へと向かっている訳だが、通常であれば決して足の向かぬであろう方向へ進んでいることと、出会う人間から匂いに至るまで違う為、何だか別世界のように感じる。僕周辺の直径三センチ程にのみ、緊張感が漂ってきた。
「どれどれ、金髪のギャル…… えちえちスタイルの人……」
「ぱっと見、ここにはいないっぽいけど」
入口に最も近いバドミントン部の生徒達が怪訝な視線を向けてくる中、サレナと星河は体育館を見渡している。しかし、目的の人物はどうやら見当たらないらしい。
「かなり目立つ見た目をしてるらしいが……」
気恥ずかしさ及び居心地の悪さを感じつつ、僕も追随するように体育館中に視線を走らせる。結果、感想としては星河のものと全く同じだった。
その
「ちょっと聞いてみよっか。――ねえねえ、ちょっといい?」
「え、わ、私?」
「うん、わたし♪ 川内真緒さんっていう子、見学に来てなかったかな。ちょっと探してて、すごくギャルギャルした子」
スマッシュの練習中、列で待っていた一人の女子生徒にサレナが尋ねる。多少面食らってはいるようだが、普通に見えてるんだな。
その女子生徒の話によると、やはりバド部と対面のコートで練習する女子バレー部を見学しに来たらしい。何でも、その容姿を聞きつけた一部の上級生男子共までくっついてきたようだが。
「今日はバドと女バレだけって言ってたし、そろそろ帰るところじゃないかな。私同じクラスなんだけど」
「そか。ありがとね」
軽く礼を言うと、サレナは「二組。急いで行ってみよ」と廊下の方を指差したかと思ったら、たったっと小走りで来た道を戻り始める。
……と思ったら予想外の速さだった。余り腕が動かない控えめな挙動で、そのスピードはおかしいだろ!
「ちょ、サレナ置いてくな!!」
あっという間に廊下のコーナーに差し掛かるサレナを見て、星河も慌てて追いかける。仕方なく僕も走った。
やたら遠い東棟まで行った挙句、この運動量。万歩計があれば中々いい数値と、程よいカロリー消費が見込めるだろうな。後でアプリを覗いて見るか。
僕達がサレナに追い付いたのは、一年二組の教室、そのすぐ手前だった。サレナは追い付いた僕達に目もくれず、教室内へと歩を進める。星河も。あれ、呼吸整えようとしてるの僕だけ?
帰宅部の憂鬱を感じつつ、噂の新入生ルーム、その一つへと入る。
いた。
教室の窓枠に寄りかかって友人二人(もまたレベルが高い)と談笑しているその女子は、名乗らずとも瞬時に噂との照合が可能だった。それ程存在感が際立っている。
年齢を疑いたくなるような抜群のスタイルに、高コスト間違いなしの金髪が光っている。現役モデルです、と言われても全く疑わないだろう。
しかし、堂々と他クラスに踏み込んだ別の意味で目立つ『見えない女』は臆せずに、
「あなたが川内真緒さんかな? 初めましてだね♪」
ふわりと近づき、完璧な笑顔で初対面を果たす。そのスキルは見習うべきかもしれん。
一方、唐突な闖入者に対し目をぱちくりさせた川内真緒は、
「そうだけど、誰アンタ」
至ってノーマルな反応だ。
「七組の、降魔サレナっていうの。一緒に来て欲しくて体育館から追っかけてきちゃった♪」
こういう手を合わせる仕草、男子になら効き目抜群なんだろうが。
「一緒にって、勧誘ってことか? 何部よ」
「うーん、まだ決まってない。けどとりあえず来て欲しいかな?」
不安MAXな誘い文句だった。かくいう僕も知らないんだよな。隣の星河に小声で「同好会か何かなのか?」と聞いてみたが、「あたしが知る訳ないじゃん」とにべもなく返された。
「ふうーん……」
しかし、引く手数多であろう一年屈指の美少女の反応は違った。丁寧に作ったであろう長い睫毛をやや険し気にしているものの、
「アンタ、名前何だっけ。もっかい言って」
「降魔サレナっていいます」
「…………ごうま」
その単語を聞いた時、異様に双眸が鋭くなったのは気のせいではあるまい。
しかし何事もなかったかのように、川内真緒は星河と僕も一瞥した後、
「なるほどね。いいぜ」
ごめん見学先増えたわ、と友人二人に断りを入れ、窓枠から離れる。それだけで黄金比のような双丘がアピールするように揺れた。
同時にサレナの目元もぱぁっ、と輝き、
「わぁーありがと♪ 東棟の元放送室を占領してるから。そこまで」
「あっさりついてくんのね。……まあ断る訳ないか」
星河の声は抑え気味だったが、聞こえていただあろう川内真緒は反応しなかった。
四人に増えた僕達謎パーティーは、そのまま旧放送室へととんぼ返り。その途中でもひどく目立っていた気がする。女子三人の容姿もさることながら、ただ一人の二年男子たる僕の悪目立ち具合は、今すぐ散らされた蜘蛛の子となりたいぐらいである。
「ここ遠くね……」
川内真緒の愚痴。その気持ちはよくわかる。
ともかく再び根城へと戻ってきてしまった僕達。そう言えば何で僕はここにいるんだっけ?
「着きました♪ ここが私達のお城だよ」
「意外にひれーな。よく見っけたもんね」
部屋を見渡した川内真緒は、先程まで誰も座っていなかった革製の椅子へと沈み込んだ。正確に言うと最初はソファーに寝転ぼうとした素振りだったが、星河が見ているのに気づいたらしい。見た目と違い、空気には敏感なのかもしれん。
「そういやアンタらのこと忘れてた。何ての?」
「沢渡星河。一組よ」
必要最低限な星河の自己紹介。僕も倣う。対する川内は交互にこちらを見比べた後、
「そっちは可愛いけど、こっちは何かパッとしねーな」
おっと。唯一の先輩たる僕に向かっていい度胸じゃないか。「どま♪」「事実でしょ」とか抜かしている二人と合わせて、後で藁人形に書き込んでくれる。
ともかく、サレナと星河はソファーに、僕は机を合わせただけのテーブルへと座る。早くも定位置化されている様子を見て、満足げなサレナが切り出した。
「はい四人目、っと。中々名前的にも豪華になってきたね♪」
……あまり愉快なことではないが、それは認めざるをえない。星河がはわ、と欠伸しつつ、
「それで、まだ何かするの? もう眠いし帰りたいんだけど」
放課後になってまだ一時間も経ってないが。
「もうちょっとね。明日からの予定だけ説明させて」
当然のように僕と川内は頭数に加えられているらしい。「何時だ? 明日もここ?」って、当たり前のように受け入れるなよ川内さん。
「うん、放課後はここに集合。それともう一つ、大事なことをみんなに教えるね」
流されるままとなっている自らの薄弱な意思を嘆く間もなく、サレナは一方的に告げる。
「詳しいことは明日言うけど、三人共頑張って自分の名を学校に示して欲しいの。できれば今週中に、どんな形でもいいから。特にサキト君」
「え、僕?」
意味が分からん。名を示す?
しかし、残りの二人は特に疑問を発さなかった。どうやらわかっていないのは僕だけらしい。
徐々に不吉な予感が胸中に生まれる中、『見えない女』からの解散宣告が下された。
「そ、僕♪ 今日はこれでおしまいだけど、明日もちゃんと来るんだよ。さっきショート一緒に撮ったのだって私の優しさなんだから。ただそれも徐々に慣れられちゃうだろうから…… 別の方法も考えていかないと、君も『見えなく』なっちゃうかも」
にっこりとした目元を睨みつけた、その後。
帰り道が星河と一緒だったことは、不安を払拭するのに幸いだったかもしれないと僕は思った。
*
帰宅し、自分の部屋で鞄を開けた僕は、その瞬間一日がまだ終わりではないことに気付いた。
「いつの間にこんなものを……」
入っていたのは、折られたノートの切れ端。そこには、
『中央公園にこい逃げんなよ 真緒』
ギャルというより、ヤンキーの呼び出しそのものだった。間違いなくさっき出会ったばかりの後輩からだろうが、一瞬ドキンとしてしまった自分が情けない。
しかし今時メモによる呼び出しとは。まあ連絡先を教えていないしあり得なくもないだろうが、明日会った時では駄目なのだろうか?
「また出なきゃいけないのかあ……」
初対面の後輩に振り回されたせいか、今日は妙に疲労感が残っている。正直なところ、もう飯食って風呂入ってゲーム以外の予定を入れたくはないのだが……
――やっぱり、あいつもそのクチってことか。
こういったシチュエーションにおいてもネガティブなイベントしか想像できない当たり、また級友達にはひねくれすぎだと言われてしまうだろうか。やや原始的ではあるものの、新入生屈指の美少女と一対一で話せる大チャンス。
しかしそんな状況にさえ疑いを向けざるを得ない程には、色々と経験し過ぎてしまっていた。
名前を示す。
今日あったもう一人の少女の顔も想起される中、どうにか重い腰を上げることに成功する。
「行くか……」
外に出た僕は、先程降ろしたばかりのスタンドを再び蹴り上げ、無駄に颯爽とサドルに跨る。気のせいか、チャリが返してくるペダルの感触もヤケクソ気味だ。
そして。
走り去るその姿を、先程共に帰宅した後輩が窓から見下ろしていたことなど、もちろん気付くことはなかった。
**
オレンジ色のアフターグロウでも、その髪はきらきらと光って見えた。
「寒い中女待たすとか。だからパッとしないんだよ」
開口一番悪態を吐く川内は、そう言うと華麗なフォームで逆上がりして見せる。当然、ブレザー姿のままであるため派手にスカートの中身が披露されたが…… ふうむ。黒のレースショーツとは見た目通り攻めていらっしゃるようで。
そしてチャリに乗ったままの野郎が凝視していることに当然気づいたメモの主は、
「死ね」
と、言葉の刃を飛ばしてきた。誤魔化す様にチャリから降りる。
僕はあくまでも余裕を崩さずに切り出した。
「で、先輩たるこの僕をわざわざ呼び出すからには、相応の理由があるんだろうな」
「え、アンタ一年じゃなかったの。パシられてるからタメなんだと思ってた」
貴様、このネクタイが目に入らぬか? パシられてんのは……悲しいことに事実だけどさ。
悔しいが、目をぱちくりさせるその仕草だけで男子を殺せるのは認めざるを得ない。かといって何も言わないのは癪なので、せめてもの抵抗。
「僕も川内さんと一緒でいきなり連れてこられたんだ。明日だって行くとは一言もいってないぜ」
「でも結局呼び戻されるんだろ。アンタビビりっぽいし、女に縁もなさそうじゃん。まあそんなことはどうでもいいんだけど」
口の減らない奴だ。本格的に藁人形その他諸々の呪詛を検討すべきかもしれん。陰の恨みは恐ろしいぞギャルよ。
そんな僕の思考をよそに、川内は容赦なく本題へと突入した。
「名前。アンタとサレナには、早々にご退場してもらうよ」
何が起こった? とやっぱりか、という思いはどっちが先に来ただろうか。
ともかく、起こった事象が、そんな分析などしている暇はないと教えてきた。
「が、ぼぉ!??」
僕は、泡混じりの苦悶をたちまち上げる。
そう――まるで水中で溺れた哀れな子供のように……
一瞬にして生命の危機に陥った僕に、川内がゆっくりと近づいて来る。
「息、できないよな。中々だろ? 川内の名も」
その名が示す通り、深い深い川の中に僕を突き落とした後輩は残酷に笑う。
「知らないと思った? 溺れ死にたくなかったら降魔のカケラを渡しな。強く念じればできるっしょ?」
徐々に薄れゆく意識の中で。
豊満な双丘を抱き上げるようにして腕を組む後輩の凄絶な笑みが、夕暮れに映えていた。
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