ヌ〇〇〇〇

キングスマン

ヌ〇〇〇〇

 冷静に考えなくても五千円は大金だ。

 しかし、もう遅い。

 ゲームは、はじまってしまった。


 およそ五分前。

 放課後の教室で机に肘をつきスマホをいじっていると、普段は不愛想な友人が、そこはかとなく上機嫌に俺の机に腰かけてきた。

 ご機嫌な理由を訊ねてみると、ちょっとコンビニまでいって、その帰りに宝くじ売り場が目に入ると、好きなアニメとコラボしていたそうで、ためしにスクラッチくじを買うと、五千円当選したのだそうだ。二百円が五千円に化けたというのだ。

 すごいな、錬金術じゃん、くれよ。

 俺は流れるような所作で手を差し出すと、友人は、わかったと言ってポケットから五千円札を取り出した。

 この時点でこいつは友人ではなくなった。神だ。


 だけど──と友人はつづける。

 錬金術なら等価交換が基本だよな?


 わかった。何がほしい? 血液か?

 俺の発言に友人は、いらねえよ、と笑う。

 ひどいな。健康な高校生のブラッドだぞ。それなりの価値はあるだろう。


 一つ、ゲームをしよう、と友人は提案してきた。

 勝ったら五千円はお前にやる、負けたらお前が俺に五千円払え。


 待ってくれよ、どうしてそうなる?

 俺の抗議に友人は、等価交換だろ? と返してきた。


 そもそも俺と友人とでは、五千円の価値はまったく等しくないのだ。

 王族でも住んでそうな屋敷で暮らし、日ごろから三つ子の美少女メイドに世話をしてもらっているという、ハーレムアニメの主人公でも嫉妬するであろうお坊ちゃんである。

 こいつにしてみれば五千円札なんて五円玉と同じで、そのときの気分でコンビニの募金箱に入れる小銭にすぎないのだ。

 一方、こちとら完璧な庶民である。五千円あればなんでもできる。気がする。


 じゃあ、五文字ゲームで勝負な。

 俺が反論をはじめるよりも早く、友人はさっさとゲームを開始しようとしている。


 五文字ゲーム。

 出題者の出してきた画像を見て、そこにあるものを五文字で答えるという遊び。

 例えばアルマジロの写真なら、答えは『アルマジロ』である可能性が高いけれど、そのアルマジロの名前がモモタロウだとしたら『モモタロウ』なのかもしれない。

 正解は出題者にゆだねられているものの、ズルはできないように、出題者はあらかじめ答えをしるしておくのが決まりだ。


 幼稚園児が幼稚園でいやいやするようなこの遊びをなぜ友人が持ち出してきたのか、その理由が俺にはよくわかる。

 実はこのつまらなそうなゲーム、いまをときめくVTuber界隈で大ブームなのだ。

 友人が推しに推している配信者も昨日、これの生放送をしていた。

 なぜか俺はその配信を、こいつの部屋でこいつと一緒に観覧していた。

 こいつの推しがクイズで正解したり不正解するたびに、こいつは生きたまま唐揚げにされるニワトリみたいにギャーギャーわめいていた。

 別に五文字クイズじゃなくても、推しがスルメでもしゃぶりながら円周率を読み上げるだけの配信でもこいつは大喜びするだろうけど、とにかく友人は推しがやってたものと同じゲームをプレーして、推しと同じ気持ちになりたいのだろう。

 そういう感覚は、わからないでもない。


 では、これはなんでしょう?

 言いながら友人はスマホの画面をこっちに向けてきた。

 二匹の猫の写真。

 直観で俺の脳内に『二匹のネコ』という五文字が浮かぶ。

 いやいや、いくらなんでも安直すぎる。


 二匹とも同じ茶トラの柄で、体の大きさも全く同じ。

 つまり見た目が一緒の猫、二匹。

『コピー&ペースト』という文字列が沸き上がってくるけれど、五文字じゃない。


 ちょっと待てよ、猫の見た目が全く同じ理由がわかった。

 この猫よく見たら、ぬいぐるみだ。

 天啓てんけいを得た気がして、俺は机の上の紙にペンで『ぬいぐるみ』と書こうとしたが、『ぬ』だけ書いて手がとまる。

 それはそれで単純すぎると思えてならない。


 ヒントをやろうか?

 見かねた友人がそんなことを言ってくる。

 バカにしないでいただきたい。

 俺はお前と知恵比べをしたいんじゃない。

 五千円がほしいんだ。

 ああ、頼む。

 だから俺は迷いなくその提案を受け入れる。


 友人は手にペンを取り、俺が紙に書いた『ぬ』を×で消して、その下に『ヌ』と書いた。


 は?

 だったら『ヌイグルミ』で確定じゃないか。

『ヌ』ではじまる五文字でヌイグルミ以外だと、あとは『ヌメヌメ棒』くらいしかないぞ。

 ヌメヌメ棒って何だよ。


 いくらなんでも、この『ヌ』がひっかけなことくらいわかる。

 だけど同時に、答えが『ヌ』ではじまる五文字なのも確かなのだ。

 十数秒思考したものの、まったくわからない。

 脳内でヌメヌメ棒を持った男が暴れている。


 だから俺は友人に告げる。

 大サービスだ、俺にもう一度ヒントを与える権利をやろう。


 回答者の言葉とは思えないな、とあきれつつも友人は言葉をつづけた。

 この猫の名前は『バビ』と『ブベ』だ。


 すごいヒントだ。

 明日の英語の試験に向けて、跳び箱をプレゼントされたような気分だ。

 それでどうしろっていうんだよ。

 なんだよ『バビ』と『ブベ』って。

 仮にこの二匹が三つ子だったら三匹目は『ボー』なのか。

 三つ子なんてお前の屋敷のメイドでじゅうぶんだろ。

 確かあの子たちの名前って『アサコ』『イサコ』『ウサコ』だったよな。

 三人とも同じ顔だけど美少女なんだよな。

 お一人、いただけないだろうか。


 ──あ。

 

 ひらめいてしまった。


 そういうことか。


 俺は『ヌ』のあとに四文字書き足す。


 どうだ?

 俺は友人の顔を見上げる。


 ……さすがにヒント出しすぎたよな。

 どこかくやしそうな表情をさらしつつも、友人は募金でもするみたいに五千円札を俺の前においた。


 せっかくだからソバでも食いにいかね? なんと俺のおごりだ。


 当たり前だ、と友人は苦笑する。


 紙に並ぶ五文字を見て、俺は無意識に口角を上げた。




『ヌ又子の猫』 

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