第3話


 並んでる人たちが次々と、前の女性と同じ制服をピシッと着ている、荷物を持ったおばさんと共に小部屋へと移動していく。


 僕の番が来た。


 おばさんが、ぽけっと突っ立ってる僕の元にやって来る。


「あの、黄色と青のの紙を渡してくださる?」

「ああ、はい」


 手渡すと、


「お待ちください」

「はい」


 おばさんが小走りに、カウンターの奥へと入って行った。


 しばらくすると、丁寧に折りたたんだ衣装一式が入ったカゴを持ってくる。


 カゴに付いたラベルには、男、冒険者、一般、夏用、と書かれていた。


「あっちは真夏だそうよ」

「そうなんですか」

「では、あちらで確認しますね」


 おばさんの後をついていき、近くの空いている小部屋に入った。


 部屋には姿見が設置されている。


「えっと……」


 とおばさんは、壁側にある小さなテーブルに衣装を広げだした。


「こんなところで試着するんですか」

「はい、姿見の前にお立ちください」


 おばさんは、麻でできた茶色いズボンをもってきた。


 僕は受け取り、体の前で合わしてみる。


「あらお似合いです」

「ああ……」

「サイズはもう合わせてあります」


 ついで白い麻のシャツに、皮の防具、剣に、剣を腰に差すためのベルト。


 次から次に渡してきた。


「どうでございますか、変更してほしい衣装がございましたらお伺いいたします」

「いえ、別に……」

「かしこまりました」


 おばさんが部屋から出て行く。


「では試着をお願いいたします。手伝ってほしい事がありましたら、扉の前で待っておりますので声をかけてくださいませ」

「はい」

「着替え終えた御服の方は、カゴにお入れください」

「はい」


 ぺこりとお辞儀して、おばさんは扉を閉めた。


 服を脱ぎ、着替える。


 手伝いは別に要らなかった。


 鏡に映る、自分の姿を見る。


 革製の手甲に脚に脚絆、道具類を入れた背嚢、腰にナマクラ剣をぶら下げている冒険者の姿が映っていた。


 いやおうなしに、テンションが上がってくる。


 異世界旅行を、今からするんだ、という実感が湧いてきた。


「あの、できました」


 外のおばさんに声を掛ける。


 おばさんは、入って来るなり、


「まぁ、とてもお似合いでございます」


 驚嘆した。


「へへへ」


 なんとわかりやすいお世辞なんだ……。


 おばさんは黄色い紙にハンコを押し、脱いだ服を入れたカゴを持った。


「では、ご洋服はこちらでお預かりいたします」

「はい」

「次は赤い線をたどって次のフロアにお向かいください」

「はい」

「では、失礼いたします」


 ぺこりと頭を下げると、部屋から出ていった。


 冒険者の姿のまま、人ごみをかき分け赤い線をたどっていく。


 次は何だろ。


 後することと言えば、脳内インプットかな。


 服を着替えたテンションのまま、カツカツ歩いていると、赤い線があっという間に途切れた。


 予測していた通り、脳内インプットのフロアだった。


 長ぼそいフロアの側面にある、黄色いドアの前にみんなが並んでいる。


 一番少ない列の最後尾に並んで待つ。


 脳内インプットって、具体的に、どうやるんだろ。


 ……痛くはないよな……。


 女性のインプット士さんがドアの向こうでは待っていた。


 広い長方形の部屋だった。


 部屋の壁側には、仕切りを挟んで歯医者で見るような診療台が置かれている。


「赤の紙を出してください」

「はい」

「三番のベッドにおすわりください」


 インプット士さんが赤い紙に目を落としたまま言った。


 靴を脱ぎ、診療台に足を伸ばして座る。


 頭上にはライトの代わりに巨大な扇風機みたいなのがあった。


「鎮静剤を打ちますね」


 インプット士さんがすぐにやってきて言った。


「はい」


 左腕を取られ、ススッと注射をされる。


「1分ほど待ちますね」

「はい」


 鎮静剤の効果なのか、ほんの30秒ぐらいでのほほんとした気持ちになってきた。


「倒しまーす」

「はーい」


 背もたれ部分がゆっくり傾き始める。


 横になると、このまま寝ていきそうだ……。


「始めます、寝返りぐらいなら良いですが、できるだけじっとしていてください、このベッドからは決して離れないでください」

「はーい」


 気のない返事をすると、上にある扇風機みたいなのがゆっくり回りだした。


 その羽の1枚を目で追う。


 ゆっくりゆっくりとした動きで、ずっと動き続けた。


 夢の中に入って行く。


「起きてください」

「えっ」


 肩をゆすられて、目を覚ました。


「お疲れ様です、終了いたしました」

「はい」


 時間を見ると1時間ちょい経っている。


「お受け取り下さい、そして橙色の線に沿って転送機までお向かいください」

「はい」


 赤い紙を渡された。


 台から降り、伸びをする。


 気分もスッキリ爽快になっていた。


 今の僕は、知識がインプットされているのか?


 試しに何か、シャンナークについての知識を出そうとした。


 歴史とか、現地語の単語とか。そんなのを必死に脳内を探す。


 ……何も出ない……。


「すいません、インプットされた実感がないんですが」


 インプット士さんに尋ねた。


「……」


 インプット士さんが黙り込む。


 何か、困ってる様子だ。何課、僕は駄目だったんだろうか。


「インプットされた物は、あっちの世界に行けば、勝手に出てきますよ。インプットは、脳外知識であるために、一種の幻覚作用となってしまうのです。錯覚を意志的に見る事は不可能ですよね、それと同じです、インプットされた物、例えば現地語などは、あっちが現地語をしゃべっているのに、あなたには日本語をしゃべっているように聞こえます、その逆もしかり。そのような感じで、発現します」

「……ああ、そう……なんですか……」

「ははは、安心してください」


 なんかよくわかんなかったが、まぁプロがそう言ってるんだから、大丈夫何だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る