では異世界での楽しい1日を
フィオー
第1話
モンスターが人々を襲い、人々は剣と魔法で自分の身を守り生活している異世界、シャンナーク。
3か月間お金を貯めて、計画した異世界旅行だ。
待ちに待った異世界旅行だ。
そんな僕に、カウンター越しの職員の男の人は微笑み、
「手荷物の方はお預かりいたしますので、提出してください」
「えっケータイもですか?」
「はい、あちらへは持ち込み禁止でございます」
「ああ、そうなんですか」
そうだったな、たしか。
「心配はご無用でございます」
職員の人は、僕の様子を見てそう言った。
「必要なものは全部こちらで支給いたしますので」
「ああ、ははは」
僕は、恐縮そうに笑う。
「適当な衣装、髪型や髭、タトゥーなどもメイク班がしっかりとその異世界の風習に適応させます」
「なるほど」
そう言ってる職員が着ている旅行会社の制服は、中世ヨーロッパの服装だった。
リアルなものではなく、僕らが思ってる、某国民的ゲームの世界にあるようなカラフル魔服装だ。
「その世界での言葉、慣習、一般常識、その他の背景知識は、わが社が開発した脳内インプット技術できちんと把握できます」
職員の人は、自分の手柄のように説明した。
「ああ、ははは」
恐縮そうに笑う。
脳内インプット技術は、一時的に記憶の入ったカプセルのようなものを脳内に居れ、僕らの脳はそのカプセルに入った情報をつかえるようになる技術だ。ただそのカプセルは1日のみしか効果がない。
受験などに使われないように、絶対に世の中には漏れないという品だ。
「君みたいに、初めての方は皆、緊張してます」
職員の人は微笑んだ。
「剣と魔法の世界シャンナークに行くのですか?」
「えっ?」
「いえ、一番人気の世界ですから、そうかなと思いまして」
「ああ、ははは、そうです……」
「身を守るすべ、つまり剣術と魔法ですね、その使い方も脳内インプット技術でまかなえます。何の心配もございません」
「ああ、そうですか」
「よし、では君は、この、領収書と」
カウンター越しに、領収書を差し出す。
「どうも」
「あとこの書類を持って、10階の77番室に行ってください」
領収書をポケットに突っ込んだ。
渡された書類は、赤、黄色、青の三枚ある。
「あと、これ案内のパンフレットになります」
「どうも」
「急げば、今日中に剣と魔法の世界に向かえますよ」
「ああ、どうも」
反応に困って、とりあえず愛想笑いをした。
「あそこのエレベーターをお使いください。楽しい旅を。では異世界での楽しい1日を」
「どうも」
僕は、異世界旅行に行こうとする人でごった返すエントランスを横切り、エレベーターに乗り込む。
階を選ぶボタンのところに案内表が貼られていた。
2階から20階までの階が、魔法のある中世ヨーロッパに似た世界、シャンナークへ旅行する人達にあてがられている。
すごいな、それだけ人気なんだな。
異世界旅行先で一番人気だ。
10階のボタンを押し、エレベーターが10階に向かう。
チンッ、とドアが開かれると、フロアは人でごった返していた。
77番室はどこだ?
人でごった返す廊下を、押し合いへし合いながら77番室を探す。
……くそっ、逆じゃないか……。
踵を返し、来た道を引き返していく。
こんな大量の人が、いまから異世界に行くのか。
みんな、僕と同じ世界か。
こんな大量に送り込んで大丈夫なのか?
みんな一緒に行って、僕が行った先の街には、異世界人よりもこっちの世界の人の方が多かったりしないのかな、10階だけでもこんな大量にいて……。
いくつも団体旅行の団体がいる。屈強な男の人が旗を振っていた。
僕も、あっちが良かったかも。あっちなら観光名所はもれなく見れたろうし。
異世界でも旗を振ってるんだろうか?
旅行会社は、旗を持っている団体客が異世界を訪れる事について、どういう口実を使ってるんだろう。
まさか異世界にも、こういう旅行スタイルがあるのか?
……そういえば……。
僕は周囲を見渡した。
いろんな国の人がいる。白人から黒人、金髪からチリチリ頭、青い目に黒い目。
異世界では、どの人種がスタンダードなんだ?
異世界で見慣れない奴は、どういう風に自分を説明したら良いんだ?
東アジア系の僕は、中世ヨーロッパ風の世界に行ったとして、どう説明するべきなんだ?
と、気づいたら目の前に77番室があった。
行き過ぎるところだった。
ドアのない開かれていた小さな77番室をのぞき込む。
デスクと椅子のセットがあった。
デスクの向かいに職員の女性が座っている。
「ご用でございますか?」
女性が、部屋の前で立ち止まっている僕に尋ねてきた。
1階の人と同じく、カラフルな中世ヨーロッパの服装だった。
ただ女性だからか、全体がふんわり柔らかみがある服だ。
「えっと異世界旅行で、行先はシャンナークなんですが」
「シャンナークでございますね、お座りください」
「はい」
「黄色い書類をお出しください」
3枚の書類から、黄色を選び机の上に出す。
「その書類の黒枠の部分を、ご記入下さい」
「はい」
デスクの脇にあるペン立てから、一本引き抜いた。
黄色い紙は、僕の名前とか住所とか病気の有無とか、個人情報が書かく書類だった。
「のちに身分証明書の提示をお願いいたします」
「はい」
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