ぼくは猫である。名前は無い。

ViVi

時間はきょうも過ぎてゆく

ぼくは猫である。名前は無い。……いや、「無い」というのは多分に語弊のある言い方になってしまうが、しかし「ある」とはけっして言えない。言うわけにはいかない。ぼくがどこで生まれたかは、これも重要じゃない。あるとも無いとも言いがたい名前よりも。どうでもいい――とまで言ってしまうと、他でもないぼくとしては物悲しい気もするが……、周りからすれば、まあ、やっぱり、どうでもいいだろう。そしてここは薄暗い。というか、もはや暗闇にちかい。さりとて完全に、一切の光がないのでもない。幸いにして、ごくかぎられた視界はのこされている。そこから、人間が見える。たくさんいる。これもまた幸いにして、かれらは獰悪な生物ではない。人間全体ということになると、それは獰悪きわまりないという哲学もあろうけど、このときこの場にいる、ぼくの視界に映るかれらについてのみ言うならば、それは否だ。このぼくを捕まえて煮て食うなんてことは、ない。名前とはちがって、きっぱりと、間違いなく、ない。むしろ、ぼくのほうが、古めかしい言い方をするならば「食わせてもらっている」くらいだ。直截的にでこそないが、否定できない、すべきでない事実だ。かれらのなかには(さらに古めかしい言い方をすると)書生もいくらか混じっているだろうけど、みな等しく、ぼくにとってはありがたい存在である。さて、掌で、とはさすがにいかないけれど、ぼくがかれらを持ちあげることがたまにあって、そのときは、このちいさな視界からでも、その顔がよく見える。ここで三つめの幸い、と言ってしまうと一部の人間から憎まれてしまいそうだけど、ともかく煙草というものは、きょうびめっきり見なくなったので、煙たさに顔をしかめることもない。もっとも、しかめたところでわかりはしないだろうけれど――そんなことを考えて、着ぐるみの中の、時間はきょうも過ぎてゆく。

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ぼくは猫である。名前は無い。 ViVi @vivi-shark

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