負けイベですべてを失ったゲーム悪役は、闇落ちフラグを全力でへし折ります
田島はる
第1話 確定負けイベント
「これでトドメだぁ!」
アランに殴り飛ばされ、俺の身体が宙を舞う。
なんだ、これは。
なんで俺はゲームの主人公に殴られているんだ?
薄れゆく意識の中で、走馬灯のように先ほどまでの出来事が脳裏をよぎる。
『ヒーローズオブアーク』のメインヒロイン、セレスティアに声をかけた俺だったが、そこへやってきた主人公、アランと学園のコロッセオで決闘するハメになり、手も足も出ずボコボコにされたのだ。
……そうか、俺は『ヒーローズオブアーク』の悪役貴族、エイル・ドルザバードに転生してしまったのか。
どういうことなのかわからないが、この状況、そうとしか考えられない。
混乱の中地面に這いつくばる俺にアランが近づいた。
「二度とセレスティアに近づくな!」
知るか。こっちは気がついたらお前に負けてたんだよ。
声にならない叫びをあげるも、身体が動かない。
「勝者、アラン!」
「「「うおおおおおおおおお!!!!」」」
審判がアランの勝利を宣告すると、観客たちが歓声をあげた。
「大丈夫ですか、坊ちゃま」
倒れた俺に、メイドのレイチェルが駆け寄ってきた。
腫れた顔に濡れハンカチが気持ちいい。
「……カッコわるいところを見せちゃったな」
自嘲する俺に、レイチェルの顔が強張った。
「それが……先ほどの決闘のことで、旦那様からお話があると……」
「父上が!?」
◇
コロッセオの控室に入るとエイルの父、ラザフォートが待っていた。
剣呑な空気に、後ろに控えた使用人たちが目を伏せる。
なんとなく良くない雰囲気を察した俺は、先手をうって膝をついた。
「申し訳ございません。相手を平民と侮り、不覚をとってしまいました。……しかし、次こそは……」
「次こそは、なんだというのだ」
父、ラザフォートが眉を吊り上げる。
「よいか、誇りあるドルザバード家が平民風情に後れをとるなど、断じてあってはならん!」
「ですから、次こそは……」
「平民風情に後れをとる貴様に、何ができるというのだ!」
机の上に置いてあったコップを投げつけられ、俺の顔にあたる。
「今をもって、エイル、貴様をドルザバード家から勘当とする!」
「そんな……」
「学園には残れるようにしてやるが、貴様がAクラスに残ったところで恥をさらすだけ。Fクラスにでも移って、鍛え直すのだな!」
「父上……」
打ちひしがれる俺を置いて、言いたいことはすべて言ったとばかりに去っていく。
そのすぐ後ろで控えていた使用人たちも、申し訳なさそうに俺から離れていった。
「待てよ……なあ、ジョーゼフ、セバスチャン、モーロック、レイチェル……。みんな俺を捨てるのか!?」
料理長のジョーゼフも、執事長のセバスチャンも、騎士のモーロックも、俺に一番良くしてくれたレイチェルまで、その場をあとにする。
「ちくしょう、ちくしょう! ちくしょぉぉぉ!!!!」
一人残された俺の中には、やり場のない怒りと悔しさだけが残るのだった。
◇
王立アルステリア学園の一角。グリフォン寮の自室に戻ると、実家に送り返すための荷物を纏めていた。
幸いこのまま寮には残れるようになったものの、状況が芳しくないことに変わりはない。
使用人たちは皆いなくなり、貴族御用達の広い部屋も、今ではすっかり静かになってしまった。
使用人たちは親父に雇われているだけに、いくらわめいたところで何もない俺の元に戻りはしないだろう。
だがそれでも、俺たちの間には雇い主の子供と使用人以上の絆があるものだと思っていた。思いたかった。
それが、たった一日でなくなるなんて……。
ゲームであらましを知ってはいたとはいえ、いざ自分が経験するとこんなにも心が痛くなるものなのか。
どうしようもない無力感に打ちひしがれていると、見覚えのない箱が置かれていることに気がついた。
自分の中に眠るエイルの記憶を手繰るも、身に覚えはない。
「なんだ、これは……」
手に取ると、ずっしりと重い。
中に入っているのは、おそらく金属の塊か何かだろう。
と、そこまで考えて、ふと思い至った。
『ヒーローズオブアーク』では、主人公アランとの決闘ののち、実家から勘当され下位クラスに落とされたエイルは、突如パワーアップを果たして再びアランの前に立ち塞がることになる。
その時は魔剣に身体を乗っ取られ、魔族の手下になってしまうのだが――
――ってことは、これって魔剣!?
危ない危ない!
これを手にしたら、身体を乗っ取られていよいよダークサイドに落ちちゃう!
封を開ける前で助かった。
それにしても、誰から届いたものだろう……。
箱を見回すも、差出人らしきものは書かれていない。
誰かが直接持ってきたもの、ということだろうか……。
『力が、欲しいか……』
ん? いま、どこからか声が聞こえてきたような気が……。
『力を求めし者よ。人理の扉を開き、人間を超越した力を手にするのだ……』
「うわ、身体が、勝手に……」
俺の中のエイルの意志なのか、箱に手が伸びる。
乱暴に封を開けると、俺の身体は中に納められていた魔剣を手に取った。
『ハッ、バカめ。オレ様の依り代になるとも知らず、まんまと誘いに乗ったなァ!』
先ほどまで耳元で聞こえていた謎の声が、なぜか脳内から響き渡る。
『これでこの人間の肉体はオレ様のものだ――ってんんんん!?!?!?!?』
脳内で響く声に連動して、魔剣の宝玉が禍々しく点滅する。
意志を持っているかのようなその明滅。
まさか、この魔剣……
『なんでオレ様より先に別の精神が入ってるんだよ!!!!』
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