神のぬいぐるみ

でぴょん

神のぬいぐるみ

 我々が住む地球には人や機械では観測できず、空より高く、宇宙より低い場所がある。人が神と奉る生物……いや、生物という括りでは収まらず、地球上のあらゆる生きとし生けるものを超越した存在がそこにはいた。

 天国とも言われているその場所の呼称は、この小説内だと「天界」とし、天界に住む存在を「神」としておく。

 

 羽で包まれているような柔らかい雲に寝転んでいた神の一人「シルディ」は、今日も眠そうに薄く目を開きながら、下界の人間を観察していた。

 神には地球上ならば、どこでも見通せる目を持っている。人工衛星よりも精密に目に映し、夜だろうが建物の中だろうが追尾できる。

 シルディは面白そうな行動をする人間がいないか探っていた。さながら、人間が昆虫や動物の生態調査をするように。

「もし」

 神の「ドーラ」が横になっているシルディに話しかける。

「なんだ。私は忙しいのだ」

 シルディは嘘をついた。このドーラという神が話しかける時は、決まって何かろくでもないことに決まっているからだ。以前、ある一人の人間が世界の真理に辿り着き、地球を脱出しよう試みた際、ドーラはその者が最も苦しむ痛みを与えた。意識を失うほどの頭痛。医学では解決できないその激痛を一日に何度も浴びせるうちに、その人間は痛みの恐怖で、頭が一杯になった。真理は恐怖の奥底に追いやられ、今はその人間は地球上のどこかでひっそりと暮らしている。

 神は生き物に干渉できる。思考を弄ることはできないが、神経と名のつく通り、痛みくらいだったら簡単に与えられる。

「忙しい? あなたくらい暇な神は、この天界上で一神たりとも見ませんね。他の神々は天候や災害、生物のオスとメスの管理をしているというのに。あなたときたら、毎日ここで人間を観察しているだけだ」

「神が何をしようと自由ではないか」

 シルディはドーラの愚痴を聞き流し、神は自由と述べる。

「仮にあなたがやっていることが監視であれば、私も何も言いません。しかしあなたは人間という無駄に知能がついた生物の恐れる行動に、何の対策もとろうとしない。それでは、神ではなくボンクラだ」

 ドーラは人間の成長が好きじゃなかった。いつか自分たちをここに置いて、どこか別の星に移住し、そこで繁殖するのではないかと。そうすれば、地球にしか留まれない神は、人間から必要とされなくなる。誰からも認知されず不要となった神は存在が朧げになり、やがて消滅する運命を辿る。ドーラはそれが嫌だった。

「人間が成長する様子を見守るのも、神の役目ではないか。すでに人間は我々、神の管理から外れ、己自身で運命を決めようとしている。それは素晴らしいことだ。神に頼って生きるの時代は終わったのだ」

シルディはそう言葉を吐き、大きく欠伸をする。

「それでは」

 ドーラはニヤリと笑う。

「信仰心がある者は不幸か? いや、違う。信仰は人間自身が生きるための指針となっているのだ。例えば、あなたが今、見ている人間」

 シルディが観察している一人の男を、ドーラも覗き込む。

「彼は一見無神論者のようだが、そこに私が用意した『ある人間』を使う。『ある人間』は彼に対し、幸福と不幸をもたらすように設計した。その時、彼は神の存在を信じずにはいられないはずだ」

 ドーラは軽く声に出して笑う。

「相変わらず悪趣味な神だ。確かに信仰には様々な形はあるが、そのやり方では、たとえ彼が神の存在を信じたとしても、敬いはしないだろう。ただ我々が悪神として、怨みを持つようになるだけだ」

「それでもいい。神の存在を信じさえすれば」

「救えない神もいたもんだ」

 シルディは大きくため息を吐き、寝転んでいた身体を一瞬にして起き上がらせる。


 どうか神が与えしぬいぐるみに左右されず、己の手で幸福を掴みとれるように。


 神は人間にそう願った。


 了

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