もう一度抱いてほしい
口羽龍
もう一度抱いてほしい
ある部屋で、クマのぬいぐるみは女の子を待っていた。ある日、突然倒れて、それからいなくなった。どうしてこうなったのか、わからない。あんなに可愛がっていたのに。何があったんだろう。
その女の子の名は、雪菜(ゆきな)。この部屋のある家に住んでいた。だが、つい最近、白血病で亡くなった。だが、ぬいぐるみはその事を知らない。
「あの子、どこ行ったのかな?」
静かな部屋の中、クマのぬいぐるみは寂しそうだ。夜はあんなに明るかったのに、雪菜がいなくなってから、いつも暗くなってしまった。
つい最近、部屋に雪菜の写真が飾られるようになった。そして、その前には花が添えられている。それは何を意味しているんだろう。
「寂しいよ・・・」
クマのぬいぐるみは泣きそうになった。だけど、涙を流せない。どこにいったんだろう。
「もう一度抱かれたいよ」
クマのぬいぐるみが今も待っていた。再び雪菜に抱かれる事を。だけど、それはいつなんだろう。
その下では、雪菜の両親がいた。今でも雪菜の事が忘れられない。神様はどうしてこんなむごい事をしたんだろう。どうしてこんなに早く死ななければならなかったんだろう。神様に教えてくれと言いたい。
「あの子が忘れられないの?」
母は泣きそうだ。今でも雪菜の夢を見る。3人で暮らした幸せな日々。だけどもう二度と戻ってこない。
「うん。どうして白血病になっちゃったんだろう」
父はその気持ちがわかった。どうして白血病になったんだろう。雪菜は悪い事なんか1つもしていない。ただ、一生懸命生きていただけだ。なのに、どうして白血病になったんだ。
「運命なんだ。受け入れようよ」
だが、時が経つにつれて、それが運命だとわかってきた。悔しいけれど、雪菜がそんな運命だったんだ。
「どうして神様はこんなひどい事をするの?」
と、母が泣きだした。泣きたくないのに、いまでも思い浮かべて泣いてしまう。
「大丈夫かい?」
父は肩を叩いた。だが、母はなかなか泣き止まない。どうしたら立ち直ってくれるんだろう。答えがわからない。
「何とか」
「すぐに立ち直るさ。そして、また新しい子を作ればいいさ」
父は励ました。また子供を作って、育てればいい。きっと雪菜の分も強く生きてくれるだろうし。
それからしばらくして、母は荷物の整理をしていた。部屋には、雪菜が集めたぬいぐるみが多く並んでいる。雪菜はぬいぐるみが好きで、いつかぬいぐるみを作りたいと思っていたという。だが、その夢は叶わなかった。
母は雪菜の集めたぬいぐるみを段ボールに入れた。もういらないだろう。新しい人に大切に使ってもらえるよう、どこかに売ろう。
「えっ、売られていくの? 嫌だよ嫌だよ」
どこかに売られていくのを、クマのぬいぐるみは感じた。だが、抵抗する事ができない。段ボールの中、他のぬいぐるみとすし詰めになり、どこかに連れて行かれた。一体、どこに行くんだろう。あの部屋にもっといたかったのに。ここにいたら雪菜に会えると思っているのに。どうして?
「雪菜ちゃん、どこ行ったの?」
箱から出た所は、知らない場所だ。近くには、別のぬいぐるみがある。それらは、新しく可愛がってくれる人を待っているぬいぐるみだ。だけど、クマのぬいぐるみの願いはただ1つ。雪菜に再び拾ってもらい、抱かれる事だ。
「誰か、僕を買ってよ・・・」
家族連れが通り過ぎていく。だけど、雪菜の姿はない。雪菜ちゃん、早く来てよ。そして、もう一度抱いてよ。
「やっぱり雪菜ちゃんがいいな」
夜になると、雪菜と一緒に見る夢を見る。あの頃は幸せだったな。だけど、もう戻ってこないかもしれない。
その夜、クマのぬいぐるみは夢を見た。そこは雪菜の部屋だ。飾られている写真はない。
と、部屋に女の子が入ってきた。雪菜だ。僕を買ってくれた時と同じ姿だ。とても元気そうな雰囲気だ。
「あれっ、雪菜ちゃん?」
と、クマのぬいぐるみは驚いた。しゃべれる。それに、動ける。どうしてだろう。雪菜への愛が生んだ奇跡だろうか?
「うん」
雪菜は笑みを浮かべた。また、クマのぬいぐるみに会えた。もう会えないと思ったのに。
「会いたかったよ」
「僕も!」
雪菜はクマのぬいぐるみを持ち上げ、抱きしめた。クマのぬいぐるみは喜んだ。また抱かれる事ができた。
「もう離さないで」
「いいよ!」
「また会えてよかったよ」
すると、雪菜は窓に向かっていった。すると、雪菜の頭に天使の輪ができて、背中からは天使の羽が生えた。そして、クマのぬいぐるみと雪菜は天国へと旅立っていった。
それ以来、クマのぬいぐるみは感情を持たないただのクマのぬいぐるみとなった。そして、新しく可愛がってくれる人を待っている。
もう一度抱いてほしい 口羽龍 @ryo_kuchiba
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