殺戮令嬢は鞭を振るう 〜世界一の令嬢になる物語〜

椎茸仮面

出会い編

第1話 殺戮令嬢

 寒い。

 名無しの少年はそれしか感じなかった。自分が生きている感覚が無く、周りのみんなも生きているのか、死んでいるのか分からない。

 大雨の中、薄い布の屋根がある程度しかない、あまり防寒対策のされていない馬車の荷台に、名無しの少年はボロボロの服とズボンを着て、荷台の隅にうずくまっている。

 少年は生まれた時から奴隷だった。

 名前など与えられず、15番と背中に焼印を押された番号で常に呼ばれ、身体は痩せこけ、ボロボロの状態だった。

 言葉はある程度わかるが、文字は読めるかどうか、彼自身分からなかった。

 そんな少年は、ただ寒さに耐えるのみ。

 そんな時、隣で眠っていた自分より年下の幼い少女が目を覚ます。


「寒い……」


 寒くて震える彼女の様子を見て、名無しの少年は、彼女に自分の着ていた服を着せてあげた。


「大丈夫かい」

「……うん」


 少年は自分よりも、彼女を優先してあげた。自分も寒いが、彼女はもっと寒いだろう。

 少年は、ただそれだけの理由で彼女に渡した。

 少女がここに来てから、2人はずっと一緒に居る。

 他の奴隷達は年齢や体格などがバラバラで、互いにこの人生に絶望し、彼女には誰一人として見向きもしない。

 そんな中、少年は、彼女に手を差し伸べた。少女にとって、彼は小さな光であった。


「暖かい?」

「うん!」

「おい、15番、26番。うるせぇぞ」


 少年達を奴隷として売っている御者の男は

 そんな2人を怒鳴って黙らせた。

 少女は、男の怒鳴り声に怖気付いてしまったが、少年が少女を庇う。


「大丈夫……怖くないよ」


 その時、車を引っ張っていた2頭の馬が突如暴れだし、馬車は急に止まった。


「おい! どうした! 早く動きやがれ!」


 御者の男が鞭を叩くも、馬は余計に暴れてしまう。馬が思い通りにいかず、愚痴を吐く御者の男はすぐに馬が暴れた理由を理解した。

 目の前に現れたのは、馬車をゆうに超える大きさの怪物。

 片手には鉄と木で作られた斧を持ち、腰に最低限の布を巻いて、頭は牛の魔物だった。


「ミ……ミノタウロス……」


 御者はすぐに馬車を飛び降り、逃げようとするが、ミノタウロスは御者を片手で掴む。


「う、うわあああああああああ!!!!!」


 御者の男は腰を抜かし、慌てて馬車を捨てて逃げてしまった。

 奴隷達は眠りから覚めると、目の前の恐ろしい光景に恐れ、か細い足で逃げようとするも、ミノタウロスからすればただ逃げ惑う餌でしか無かった。

 奴隷達は次々と襲われる。

 ある者は斧で真っ二つに裂かれ、臓物を撒き散らし、ある者は手で押しつぶされ、潰されたトマトのように地面を赤く染めていく。

 名無しの少年も驚いた。

 とにかく木の多い方へ逃げようと思い、慌てて馬車の荷台から飛び出す。

 あの巨体だ、木の多い方へ逃げれば、視界が悪くなり、逃げ切れる確率が高くなると考えたのだ。

 裸足で地面もぬかるんで走りづらい。

 少年はとにかく走る。

 すると、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。

 それは、先程服を着せてあげた幼い少女だった。

 どうやら自分の所へ着いてきたらしく、足を木の根っこで挫いてしまったらしい。


「大丈夫?!」


 少年は手を伸ばした。


「お兄ちゃん……足……痛い」


 少年はすぐに幼女の元へ駆け寄ろうとしたその時である。


「助けて」


 グシャッ。


 幼女のいた所は血で赤くなっていた。

 大雨がそれを流し、泥水と共に混じり、赤い水脈を作り出している。

 水脈を辿ると、そこにはミノタウロスが斧を振り下ろしているのがわかった。

 少年の手元に届くと、少年はその水をすくい上げる。

 もう、彼女はいない事を実感させられた。

 あの日、少女も他の奴隷と同じように、絶望していた。

 でも、少年が手を差し伸べてから、彼女は変わった。

 腐ったパンを分け合った時。

 眩しい空に目を奪われた時。

 寒い冬を2人で乗り越えた時。

 1秒1分が、楽しい、2人の思い出になっていた。

 でも、もうそんな時は過ごせない。

 死ぬ。

 彼女はまだ、死んで良いはずがないのに。

 少年は心に大きな穴が空いた気がした。先程までは、必死に逃げようとしたのに、今はもうそんな気は起きなかった。

 ミノタウロスは吹き飛んだ彼女の腕を食べている。

 少年はただじっと立っている事しか出来なかった。

 自分は彼女も救えずこのままあの怪物の栄養となって一生を終える。


 生きたい。


 それが少年の最後の願いだった。

 ミノタウロスが斧を振り上げたその時。



 バキッ。


 斧が粉砕され、ミノタウロスは動揺する。

 そして後ろを振り返ると、そこには女が1人立っていた。

 深紅のドレスを身にまとい長い銀髪の髪は夜空に舞っている。

 彼女の隣には、先程奴隷達を捨てた御者の男が居た。


「ここらで暴れてるミノタウロスというのはあちらのバケモンの事でして?」

「ええ! 早く頼みます! 女王様!」

「ええ、そこのあなた、前菜位にはなりそうね」

「え?」


 高笑いと共に、彼女は右手に持っている棒を横に振る。

 すると、赤い光の鞭がのびた。

 その鞭には薔薇のような棘が生え、痛々しい印象を与えた。

 そして、彼女は御者の男にその鞭を振り下ろす。

 御者の男の腕は落とされ、男は悲鳴をあげる。


「……前菜でもありませんでしたわ」


 男はそのまま血が無くなり、倒れてしまった。

 ミノタウロスは彼女を敵とみなし、彼女に向けて拳を放つ。

 しかし彼女は軽くその拳を交わした。

 さらにミノタウロスはもう片方の拳を放つ。

 だがそれも躱される。

 その動きはまるで舞踏会で踊る令嬢の様に美しく、

 そして彼女は鞭をしならせ、ミノタウロスの肩に巻き付ける。

 鞭はミノタウロスの肩にくい込み、彼女が軽く引っ張ると、ミノタウロスの腕は切断され、断面から血が勢いよく流れ出る。

 ミノタウロスは痛みに耐えきれず叫び声をあげる。


「この程度でその叫び声なら……メインディッシュはどうなることやら」


 彼女は狂った笑みを浮かべ、さらにミノタウロスの全身に鞭を巻き付かせた。

 ミノタウロスは身動きが取れず、もがき苦しむ。

 彼女は木の枝を飛び越え、そのまま木の枝を支えにしてミノタウロスを吊り上げる。

 さらにミノタウロスの叫び声は大きく、周りに響く声になる。


「もっと! もっと叫びなさい!」


 ミノタウロスの全身に巻きついた棘のある鞭が全身に食いこみ血をじわじわと吹き出させる。


「まだその叫び声を楽しみたいところですが……あれがつまらなくなってしまいますわ……」


 彼女は思い切り鞭を引っ張った。

 すると、ミノタウロスはバラバラに引き裂かれ、地面に肉塊と血が滝のように落ちていく。

 彼女は近づいて、肉塊を1つ手に持つ。

 

「美しい……」


 彼女はその肉塊に見とれていた。

 少年はその場に唖然としていた。

 突如現れた謎の女に、恐怖心と共に、謎の安心感が現れていた。


「……あら?」


 彼女が少年に気づいた。

 少年は恐れてすぐに逃げようとした。


「あなた、何者でして?」


 これが、少年の運命を数奇なものへと変えていく…………。


 To Be Continued

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