第25話対応と不安
翌日顔を合わせたギルバートは、少しピリピリした顔をしていた。
「ギルバート様、紅茶でも飲んで少し落ち着いてはいかがですか」
「ああ」
乱暴にカップに口をつけ、あっという間に紅茶を飲み干してしまうギルバート。貴族らしからぬ所作だ。
ああ、これではお茶会のマナー練習の意味がないではないか、とエレノアは少し残念に思う。
「エレノア、今後のことだが屋敷に人を増やそうと思う」
「ええ、いい考えだと思います」
そもそもこの屋敷は無防備すぎる。どうしていつもギルバートくらいしかいないのだ。普通の貴族家なら家財を盗賊に盗まれているだろう。
「あまり余裕がないのでそんなことに人は割けないはずだったが……革命戦線を捕らえたことが思わぬ効果を及ぼしてくれた」
「ウェンディでの一件が何を?」
あの街ではたしかに多数の盗賊を捕まえられたが、波及効果などあったのだろうか。
「革命戦線は他領でも名をとどろかせた悪名高い盗賊団だ。魔道具すら手に入れて、アウトローの間でも一目置かれている。それをあんなにも綺麗に捕まえられたのは、未来視の魔眼のおかげだという噂が広まった」
「どちらかと言えばギルバート様の頑張りのおかげだった気がしますが……」
むしろ私は、あの時役目を果たせなかった。
未来視で事前に革命戦線の襲撃の日取りを掴むはずが、裏をかかれてしまった。
「いや、あの時エレノアが真央を真っ青にして俺の部屋に走ってきてくれなかったらあんなに早く対応できなかった。あれはエレノアのおかげだ」
ギルバートはわずかに微笑むと、私を見つめた。その様子を見て、私の頬が熱くなる。
「いえ、しかしブラッドストーンの人間であればあれくらいは当然というか、その最悪の一歩手前の対応だったというか……」
「エレノア」
彼の熱の籠った呼びかけに言葉が止まる。
「俺がお前はよくやっていたと言ったんだ。それでいいだろ」
「……はい」
……ああああ! なにが「はい」だ! 恥ずかしい! 乙女か! 顔真っ赤にしちゃって私の馬鹿!
「オホン……それで、ギルバート様は今日も見回りですか?」
「ああ、その予定だ」
ギルバートの表情は普段と全然変わらない。私だけ勝手に照れてるみたいで少し気に食わない。
「ギルバート様に何かあったら元も子もないですからね。私の未来視はあなたの死を訴えています。本来ならあなたが真っ先に屋敷に引きこもるべきだと思うのですが」
「そうはいかない。本当にここで戦いになればエレノアを巻き込むことになる」
ギルバートの言葉は淡々としている。
「私の心配ばかりして自分の心配をしないのはズルですよ」
「なんだ、お前は俺の心配をしているのか?」
「当たり前でしょう。ギルバート様が死ぬのは、嫌です」
「……そうか」
ギルバートがわずかに顔をそむける。
「私が先に未来視である程度の可能性を狭めます。ギルバート様が見回り予定の場所を教えてください」
予めルートが分かっていれば、範囲を絞って未来視を発動できる。
「この前の疲労はもういいのか?」
「いつの話をしておられるのですか? すっかり体力は戻っています」
まさか、今までずっと私が不調だと思っていたのか?
「ギルバート様、あまり私を舐めないでください。ちゃんと療養してすぐ回復しましたよ」
「しかし、この前はあんなに顔色を悪くしていたからな」
ああ、たしかにウェンディでの一件はかなりの負担だった。普段以上に疲弊して、みっともない姿を晒した気がする。ギルバートがやたらと私に気を遣うのはそういうことか。
「これまで散々やってきたことですから、体調の管理くらいできます。さあ、さっそく教えてください」
彼の言う道に視点を合わせる。これくらいなら屋敷の中、窓越しでも可能だ。安全な場所から、ギルバートの安全を確認できる。
「……ギルバート様、一度襲撃がありますね。あそこ、ちょうど屋敷に帰ってくる直前で、矢が飛んできます。方角は……北でしょうか。それほど離れていないかと」
「なるほど、情報感謝する」
そう言って、ギルバートは剣を取り外に出ていこうとした。
「……やっぱり行くんですね」
「そうだな。こちらから出向けば危険も減る」
彼の言葉を聞いて、胸のうちに不安がじんわりと広がった。
ギルバートが出かけていくのを見送るのは初めてではない。
私が未来視の疲れを取っている間にも、彼は何度も剣を持って出かけていた。
「……怪我、しないでくださいね」
私の言葉に、ギルバートが少しだけ目を見開く。そして、目を細めると僅かに笑った。
「そんな心配するな」
彼の存外嬉しそうな顔を見ていると、なんだか私の方が恥ずかしくなってしまった。
窓からギルバートが向かった先を眺める。
彼が私の視界から外れたのはほんのわずかな時間だったが、それでも私の胸には大きな不安が渦巻いていた。
ギルバートが何の間違いで負傷したらどうしよう。それこそ、あの未来視の光景のようなことになったら?
嫌だ。他の人を助ける時とはまた違う不安感が私を襲う。
「あ……ギルバート様!」
彼がこちらに戻ってくるのが見えた。立ち姿に違和感はない。その後ろには、捕まえたらしい男が乱暴に引きずられていた。
「エレノア、こいつに近寄るな。また目を覚まされたら面倒だ」
気絶した彼の頬には、赤く腫れていた。ギルバートに思い切り殴られたらしい。
「こいつを尋問する。エレノアはしばらく一階の奥の部屋には近づくなよ」
そう言う彼の顔は、今まで見た中で最も怖い顔をしていた。
「……わかりました」
なんだか少し彼との距離が遠のいた気がして、私は少し落ち込む。
そんな私を見たギルバートは、怖い顔を少しだけ緩めて私に告げた。
「なに、すぐに終わる。俺とお前の安全のためにできることをするまでだ」
しばらくして、ギルバートが私を呼んだ。彼は私の顔を確認すると、少し表情を緩ませた。
「エレノア、待たせてすまない。何か異常はなかったか?」
「ええ。ギルバート様こそ、大丈夫でしたか?」
「ああ。ただ、あまり決定的な情報は得られなかったな。今回の刺客は末端中の末端だった。しかし、少々厄介な状況であることは分かった」
「と、言いますと?」
ギルバートの表情は硬い。
「思ったよりずっと背後の力が強そうだ。少なくとも伯爵以上の貴族が関わっていると見ていい」
「そこまでの相手でしたか……」
荒事に慣れた人間をどれだけ動員できるかは、首謀者の財力に拠るところが多い。貴族家であれば、金にものを言わせて裏社会の人間と交渉することもできるだろう。
「狙いはなんだったんですか?」
「あまりハッキリとはしなかったが、どうやら狙いはお前だったようだぞ」
「私ですか?」
ギルバートは険しい表情をしていた。
「ああ。あいつが狙うように言われたのは金髪の貴族の女。それから次に灰色の髪をした貴族の男だと語っていた」
「なるほど……私に関しては、王城で恨みも買っていたでしょうから命を狙われていてもおかしくないですね」
私を殺す際に、この領地を腕っぷしで治めてきたギルバートが邪魔になるのも道理だろう。ギルバートが殺される可能性について思い浮かべると、私の胸はキリキリと痛んだ。
「案外冷静だな」
「ええ、まあ慣れてますから」
「……俺は、不安だぞ。お前は傷つくことを考えると、自分が傷を負うことよりずっと怖い」
「ぎ、ギルバート様……?」
それは、とても珍しい彼の弱音のようなものだった。
私は追及しようとしたが、彼は気まずそうに顔を逸らしていたのでそれ以上何か言うのをやめた。
思考を冷静にして、自分がするべきことを考える。
「それでは、早速ですが明日の未来についても予め視ておきます」
「早くないか? 今から離れるほどお前の負担は増えるんだろう?」
「そうですが、たとえば寝ている時などに襲われることを考えると事前に視ておくのが安全です」
相手が金を持っているなら、継続的に襲撃が行われることも考えるべきだ。私たちの身の安全を確保するべく、私は未来視を発動した。
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