第14話対策会議

  夜になったら早めに就寝して、翌朝日が昇り始めるころに起きる。身だしなみを整えて、宿の部屋を出る。


 ギルバートは宿の入り口で待っていてくれた。



「本当に時間ピッタリだったな。貴族の女の支度には時間がかかるものだと聞いていたので心配していたが」


「言ったでしょう? あなたよりずっと早くから準備していたんです」




 彼は貴族女性に対するイメージが悪すぎないだろうか。




「それで、こちらで良かったのですか?」


「ああ、森の中から廃墟の様子を窺う」




 そう言って、彼は川があるらしい方向へと歩いて行った。




「お前の未来視の力も借りると思う。その力は体力を使うようだが、どの程度使えると考えていいんだ?」


「対象の大きさと未来の遠さによりますね。偵察くらいなら遠慮なく使っても大丈夫です」




 これから目の前の場所で起きるだろう出来事を視るくらいなら、倒れることはないだろう。


 




 ◇




 


 橋を通り抜けて、森の中へ。このあたりはまだ開拓が進んでいないようだ。生い茂った木は整備された様子が見られない。


 


「エレノア、ここからは慎重に進もう。俺が先行するからついてきてくれ」


「いえ、少し待ってください。私が視ます」




 右目に意識を集中させて、未来視を発動する。


 森を散策する私たち。木の陰に身を潜めて、廃墟の影の近くまで接近している。




「ここを前進すれば問題ありません。廃墟までは辿り着けるでしょう」


「……本当に便利だな。それなら安心して偵察できるな」




 二人で木に身を隠すようにしながら進む。




「……ギルバート様、少し近くないですか?」


「仕方ないだろう。あまり離れて発見されるリスクを冒したくない」




 声をひそめて話し合う。ギルバートの気配がすぐ近くに感じられる。意識すると心臓の動きが少しずつだけ早くなるようだ。




「あそこだな」




 廃墟は古ぼけた二階建ての屋敷だった。先ほど未来視でも視たが、廃墟というには豪華な建物だ。


 綺麗な状態だったなら、貴族屋敷と言われても違和感はないほどだ。


 しかし風が通りそうな穴の空いた外壁にはツタが生えている。




「エレノア、姿勢を低くしたままだ。見張りがいる」




 声をひそめたギルバートの言葉に前を見ると、ひとりの人相の悪い男が廃墟の前を歩いていた。




「……朝っぱらから見張りとは随分と警戒心の強い盗賊団ですね」


「ああ。あいつらはすでにこの辺りで随分と好き勝手しているからな。そろそろ騎士たちも本腰を入れて調査に来ると分かっているのだろう」




 ギルバートが鋭い視線で見張りの男を観察する。


 それに合わせて私も廃墟の方を観察した。




「見張りの装備の質はまずまずだな。焚火の周囲にあるのは宴会の跡だ。酒瓶と煙草。食べ残しが落ちているな。宴会にいたのは30人ほどか? 規模はおおむね報告通りだろうな」


「よくそんなに見えますね……」




 私からは見張りの男がいることくらいしか見えない。


 本当にギルバートは目がいい。




「……よし、だいたい分かった。エレノア、最後に未来視であいつらがいつ動くのか視れないか?」


「承りました」




 右目に意識を集中させ、目の前の廃墟に視線を合わせる。この場で大きな感情が生まれる瞬間を何回か視る。


 まず視えたのは、宴会の様子が三回ほど。酒に酔った男たちが喜んでいるのが分かる。人数は30人ほどだろうか。ギルバートの推測通りだ。


 


 そのしばらく後、武器を掲げた男たちが隠し切れない戦いへの昂りを共にして集合している様子が見えた。


 おそらくウェンディを襲撃する直前の光景だろう。身勝手な欲望で街の人たちを傷つけようとする様子に、胸のうちに怒りが湧く。


 


 彼らがどんな感情を浮かべているのか、未来視を通して私の胸には伝わってくる。


 野蛮な感情。他人を傷つけ、蹂躙できることに昂っている。生活に困窮して仕方がないからだとか、虐げられた結果仕方なく犯罪に手を染めているとかそういうことじゃない。


 彼らはただ、他人を傷つけものを奪うことに喜びを感じている。


 


「……っ」 




 必要な情報を読み取れた私は、未来視を終えて現在へと帰ってきた。


 他人の感情が感じ取れるのはいつまで経っても慣れない。余計に疲労してしまう。




「ギルバート様、終わりました。退却した後で情報を共有いたします」


「ああ。……エレノア、大丈夫か?」




 ああ、やはり彼には私の疲労を見抜かれてしまったようだ。


 情けなさを感じると同時に嬉しさを感じてしまう私は、少し弱くなったのかもしれない。




「ええ、問題ありません。すぐに帰還しましょう」


 


 私とギルバートは早朝の森の中を足早に退散して、ウェンディまで戻った。







 


 


「それでは、情報共有といきましょうか」




 戻ってから、私たちは宿の部屋で相対していた。昨日話をした時と同じような格好だ。




「それはいいが、エレノアは未来視で疲労していないのか?」


「……疲労というよりは感情をダイレクトに感じた影響が少し残っていると言いますか」




 未来視ができない人に説明するのは難しい。しかしギルバートは、真剣な顔で私の話を聞いてくれていた。




「私と同じ力を持っていたおばあ様の言葉を借りれば、『感情の逆流』というものです。未来視とは本来見えないはずのものを視る力。みえすぎるせいで余計な情報まで拾ってしまうものなのです」


「みえすぎる、か。あまり他人事とは思えない話だな」




 観察眼には自信がある、と言っていたギルバートはしみじみと呟いた。


 


「未来視の疲労は大したことはないので、話をする分には問題ありません。早速ですが分かった未来についてお話します」




 ギルバートは私の顔を観察している。無理をしていないかじっと観察するような瞳だ。少しして、彼はゆっくりと頷いた。




「襲撃当日らしき風景を視ることができました。集まっていたのは確認できる限りで30人。ギルバート様の推測と一致します」


「それで、時期は分かるか?」


「はい。だいたい3日以降、5日以内かと。決行は夜。晴れの日です」


「3日以内でとなると、騎士が集まれるか怪しいな。住民の避難を考えた方がいいか?」


「いえ、ギルバート様のおっしゃる通り避難を始めればそれを察知した盗賊団が行動を速める可能性もあります。無理をするのは時期尚早かと」




 ギルバートは私の言葉を聞くと黙って何事か考えだした。やがて、ギルバートは重々しく言葉を紡ぎだした。




「よし、三日後まで俺はここで待機とする」


「ええ。未来は絶対ではありません。その方がよろしいかと」


「エレノアは引き続き未来視で襲撃がないか監視しておいてもらっていいか?」


「もちろんです」


「騎士たちには早めに合流するように連絡しておく。もっとも奴らはそれぞれ忙しいから、本当に早くに到着するのかは不明だな」




 ギルバートの言葉に、私は目を見返して頷いた。


 こうして、私たちは革命戦線との戦いに備えることになった。

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