第7話視えた景色
「強制開眼」
右眼を開く。
頭の中に、凄まじい量の情報が流れ込んできた。
盗賊団。紫色のリンゴ。それらの単語から、周囲の未来の情報を収集する。
人家。森。どこかの家。リンゴの生った木。様々な場所の光景が、右眼の中を流れる。
こういった未来視の使い方は私の頭に激しい負担がかかる。頭がガンガンと割れそうな痛みを訴えかけてきていて、その場でわずかにふらつく。
「おい、大丈夫か?」
「――は、い」
現在と未来の境界が曖昧になる。今この場所に立っている自分という存在があやふやになるような感覚。
やがて未来視は、一つの景色へと収束していった。
◇
私が視ているのは、燃える家屋だった。形状から察するに酒場だろうか。
その中から慌てて逃げだす人たち。その中から、大柄な男が出てきていた。
「ハッハッハ! 逃げろ逃げろ! おい、こっちにこい!」
男が掴んでいたのは、店員らしい女性だった。重力を操っているらしい。まるで猫の首根っこを摑まえるようにして女性を宙に浮かせている。
やがて男は、女性の体に手を伸ばした。
「それじゃあ、さっそく楽しませて――」
「ま、待て!」
震えていて、しかし確かな覚悟の籠った声だった。
同じ店員らしい男性が、木の棒を槍のように構えて突っ込んでくる。
しかしそれを見た大男は、にやりと笑うと手をそっと向けた。
「う、うわあああ!」
まるで地面から突き上げを食らったように男性が吹き飛ばされる。
「と、トーマス!」
大男に捕まっていた女性が悲痛な声をあげる。単に見知った顔が傷ついた以上の、恋慕すら感じさせる切実さだった。
「あ? へへ、そういうことか」
何事かに気づいた大男は、剣を振り上げると倒れ込んだトーマスに突き立てた。
「い、いやああああ!」
「ハッ……ハハハハハ! 最高だよ! 俺を見下ろしていた貴族の力で弱い奴を蹂躙するのは最高の気分だ! ああ、我らの革命に光あれ!」
◇
もう、十分だろう。そう思って私は未来の光景から目を離した。
「ハッ……はあ……はあ……」
思っていたよりも体力を消耗した。頭がじんじんと痛む。体が冷たい。
「おい、大丈夫か? 休むか?」
すぐそばから声がしたが、私は一瞬状況が理解できなかった。
遅れて自分の状況に気づく。その場にへたり込んだ私は、ギルバートに背中を支えられていた。
「っあ……」
冷え込んでいた体に一瞬で熱が通る。反射的立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。
「無理するな」
「……お恥ずかしいところをお見せしました」
そして恥ずかしいのできれば離れて欲しい。
ギルバートの手が私の背中についていて、じんわりとした熱を伝えてきている。ひどく落ち着かない。
「椅子持ってきてやるからちょっと待ってろ」
彼は私の体からそっと手を離す。熱が引いていく感触に、わずかな名残惜しさを感じる。
「ほら、座れるか?」
言いながら、彼は私に手を差し出した。
それを握ることに躊躇いも覚えたが、一人で立ち上がれそうにない。
大人しく従う。掴んだ彼の手は大きくて、ところどころが固くなっていた。きっとたくさん剣を振ったのだろう。
「未来を視るっていうのはいつもそんな大変なのか?」
「いえ……ただ場所と時間が離れるほど視るのに体力を使います。情報を絞れればもう少し詳しい情報を得ることができると思います」
「そうか」
「あの、もう大丈夫ですから、そんなに近くで私の様子を観察していなくてもいいですよ……」
ギルバートは、私の顔をしげしげと観察していた。その様子に、自分の頬にほんのり熱が集まってくるのが分かる。
赤くなる頬を見られると恥ずかしい。そう思って体を彼から離すが、椅子に座ったままでは逃げ切れない。彼の鷹のように鋭い目が私を観察しているのが分かる。
「体の調子も戻ったので、そろそろいいですか?」
「ふむ、顔色はだいぶよくなったように見えるが……いや、少し待て」
ギルバート様はそう言ってどこかに去って行った。しばらくすると、彼は私のメイドであるコレットを連れてきた。
「お嬢様! また未来視で無理をしたのですか!?」
座っている私の元に駆け寄ったコレットは、私の顔を覗き込んだ。
「顔色は比較的マシですね。熱は……ありませんね」
「コレット、倒れたっていうほどじゃないから。大丈夫」
安心させるように微笑みかけると、コレットは少し眉を下げてため息をついた。
「本当に私のご主人様は……少しはご自愛ください」
「エレノアはもう大丈夫そうか?」
「はい。この様子なら無理をしなければ大丈夫でしょう」
「それは幸いだ。俺の指示で他人が寝込んだら後味が悪いからな」
口が悪いギルバートだが、口調にはわずかに安堵が滲んでいた。
「余裕があるなら、どんな未来が視えたのか教えてくれないか?」
「はい。視えたのは、どこかの街が燃えている光景でした」
「燃えている……」
凄惨な光景を思い出しながらゆっくり話す。
「正面にあったのは酒場のようでした。ある程度栄えている町と言えばいいでしょうか」
「なるほど。他に分かったことはあったか?」
「他にヒントになりそうなものと言えば……トーマスという男性が出てきました」
「トーマス……もしかして酒場のトーマスか?」
少し考えたギルバートは、やがて何かに思い当たったようだった。
「あいつがいるのはウェンディだったか……たしかにあそこなら革命戦線の出没地域に近い。酒屋のある多い栄えた街だ」
ギルバートは自分の領内をよく把握しているようだ。
「まさかこんなあっさりと革命戦線の次の出没位置が分かるとはな。エレノア、感謝するぞ。後は俺に任せて休め」
「……なにを言っているんですか? 私も行くんですよ」
「……は?」
「お嬢様また……」
コレットが呆れたようにため息をつく。
「先ほど言ったように未来視は物理的な距離が近いほど詳しいことが分かります。私が問題を解決する際は、大抵現場に赴いて直接見ていました」
「そんなことをしてよく今まで無傷でいれたな」
「ご存知の通り未来視がありますから。自分が傷つく未来は避けられます」
「未来視は絶対ではないとさっき自分で言ったばかりじゃないか」
「おっしゃる通りです。しかしながら自分の危険に対しては未来視は必ず発動します」
未来視は人間の強い感情を発する未来を自動的に写す。それは、先ほど燃える街を見た能動な未来視とは違う受動的で自動的なものだ。
まるで白昼夢を見るように、私の目は自分が最も苦しむ瞬間、すなわち死の瞬間を視る。
「分かっていても避けられないことはないのか?」
「それを避けるための未来視です」
未来を視た上で、さらにそこに至る過程やその先の未来まで想像する。
これもまた、おばあ様から教わったことの一つだ。
「だから、行きますよ。自分の身は自分で守りますから」
「……その目を見るに、決意は固そうだな。仕方あるまい」
ほっと胸をなでおろす。戦いの場に女なんて連れて行けるかと言われたらどうしようと思っていた。
「ただし、一つ訂正がある。やや不満はあるが、俺はお前の婚約者だ。お前の身は俺が守る」
「……っ」
それは、久しぶりに聞いたセリフだった。守ってやるだなんて、最後に言われたのはいつだっただろうか。
私を助けてくれるヒーローなんていない。期待しない。そう決意したはずなのに揺らいでしまいそうだ。
「どうせ私は放っておいても助かりますよ」
「急に倒れるような奴にそんなこと言われても信用できないな」
そっけない言葉だったが、私の胸には微かな熱が灯っていた。
「……ありがとうございます」
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