第6話未来視とは

「それで、私に未来を視てほしいのはどんなことですか? 言っておきますが、未来視の魔眼は万能ではありません。できることとできないことがあります」




 元婚約者のラインハルトは、そのことを理解してくれなかった。


 やれ隣国の弱みを教えろだとか、やれあの貴族の跡取りは優秀か視てくれだとか、無茶な願いばかりだった。それで私が断ると逆上するものだから、困ったものだ。


 


「ああ。数週間前から、ここホークアイ領では盗賊団が暗躍している。彼らは自分たちを『革命戦線』と名乗り強奪や殺戮を繰り返している」


「なるほど」


「これだけなら俺と配下の騎士で討伐すればいいだけだ。しかし、奴らの手にはどうやら魔道具があるらしい。警備を担当していた騎士は決して弱くなかったはずだが、ひどい敗北をして帰ってきた」


「魔道具を持っているとなると、ただの盗賊団処理とはわけが違いますね」


 


 魔道具。それは本来、貴族家が一つだけ持つ奇跡の道具だ。貴族家の血筋を継ぐものが持つ時にもっとも力を発揮する。


 効果はさまざまだ。炎を出したり、斬撃を飛ばしたり。はたまた何もないところから水を出したり、人の心を読んだり。




 ちなみに私の魔眼は、魔道具を使用しなくても使える魔法だ。魔法を魔道具なしで使える人間は現代にはほとんど残っていないが、私の場合はおばあ様から隔離遺伝した数少ない例外だ。


 魔法は私の右目の眼球に刻み込まれているらしく、他の人に使わせるのは不可能だそうだ。


 


「魔道具紛失事件は最近の混乱に乗じてそれなりの数起きています」




 魔道具は貴族家にたった一つ伝わる秘宝だ。様々な形をしたそれは、貴族家の血筋を継ぐものが持つ時にもっとも力を発揮する。


 そのため魔道具は各貴族家で厳しく管理されている。




「魔道具を紛失した貴族家の名前は頭に入っています。魔道具の特徴を教えてくださればどんな魔道具なのか推定できますよ?」


「なに、それは助かるな。なにぶん辺境の地には情報すらまともに流れてこないものでな」




 そもそも貴族家は魔道具を紛失したことなど隠したがるものだ。メンツを重んじる貴族家にとって、代々伝わる秘宝を紛失するのは恥だ。


 報告義務のある王城にのみ報告して他貴族に公表することは拒むことが多い。




「それで、どんなものなんですか?」


「どうやら、人を浮かせる魔道具らしい」


「人を浮かせる魔道具と言えばバードウィンド侯爵の家のものに聞こえますが……しかし、あの家の魔道具が紛失したということはまずないでしょうね」




 侯爵の魔道具は、伝説に伝わる七色鳥の羽だ。それを手に持つことで、バードウィンドの家の者は空を飛ぶことができるようになる。


 一度その姿を見た時は啞然とした。何の変哲もない好青年が、まるで妖精のように空をひらひら飛んでいたのだから。




「バードウィンド侯爵は毎朝元気に王都の空を飛んでいました。私も直接見たので、魔道具を紛失したということはないでしょう」




 王都の住民は、気持ちよさそうに空を舞う彼の姿を見て「ああ、朝が来たのだ」と実感したものだ。


 


「……なぜ毎朝王都の上を飛ぶんだ?」


「本人いわく、たくさんの人を見下して飛ぶのが楽しいからだそうですよ」




 何度か話したこともあるが、結局バードウィンド侯爵のことはよく分からなかった。まるで鳥のように自由な人だ、と少し羨ましくなったものだ。




「ともかく、その魔道具の効果が人を浮かせることだと推定するのは早計です。多分本質は別のところにあるでしょう。人を浮かせるとは、具体的にどういうことをしたのですか?」


「ああ。盗賊の首領に騎士が襲い掛かった時、その騎士は首領の目の前で突然巨人に襟首を掴まれたみたいに空に浮かんだらしい。いくら剣に秀でている騎士でも、首領を倒すことができなかったようだ」


「なるほど……」




 自分の頭の中の知識を探る。男を空に浮かべる力。何をすればその現象ができる? 何を排すればそれができる?


 


「……重力でしょうか」


「重力?」


「ええ。一つ心当たりがありました。グラビティ子爵家に伝わる魔道具、重力を打ち消す紫色のリンゴの魔道具です」


「リンゴが魔道具なのか?」




 貴族家の秘宝である魔道具が果実であることが意外だったのだろう。ギルバートの細く鋭い目が少し丸くなる。


 ……そんな目をされると、ちょっといいなと思ってしまうじゃないか。ねめつけるような目が、一瞬少年のそれに見える瞬間。普段とのギャップに心臓が変に跳ねる。




「は、はい。んんっ……重力を操る魔道具と伝わっています。グラビティ子爵家は領内の大きな反乱で当主が行方不明です。魔道具が盗賊団の手にあってもおかしくないですね」


 


 動揺を抑えてなんとか話を終える。


 私の話を聞いたギルバートは、少し笑って話し始めた。




「しかし、驚いたな。これだけの情報でそこまで推理できるとは。俺の見る目に間違いはなかったな」


「見る目、ですか?」


「ああ。最初に言っただろ。お前はひたむきで真面目な、好意の持てる人間だと思った。実際お前は見ず知らずの領地の盗賊を捕まえるために真剣に考えてくれた。だから、俺の目は間違っていなかった」


「ギルバート様……」




 彼は私を褒めると同時に、私のことを見抜いていた自分の目を誇っているようだった。


 ああ、そんな言葉は王城では一度も聞けなかったな。何かやっても、全部未来視を持っているからだと片付けられてしまった。


 彼らが思うほど視えた未来を分析するのは簡単じゃない。


 私の魔眼は視たいものを視れる万能のものではない。映像が断片的にしか視えなかったりすると、状況からどんな場面だったのか推定しなければならないのだ。




 たとえば森の中で襲われる令嬢の映像が視えた時。視えているのはどこの森なのか推測しなければならない。どんな木が生えているのか。植物はどうか。暖かい地域は寒い地域か。


 令嬢と面識がなければ、身体的特徴からどこの娘なのか推測しなければならない。髪色、目の色、ドレスの質。貴族家すべてを網羅していることは当然として、身体的特徴まで把握する必要がある。




 未来視の内容に加えてそれらの推測を交えて騎士団や文官に話す。しかし彼らは、まるで私の報告を当然のことのように受け取って自らの仕事に戻る。


 別にその場で褒めて欲しいだなんて思っていない。ただ、私の思考が、勉強が、頑張りが、なかったことのように扱われるのは少しずつ私の心に傷をつけた。


 これは未来視の魔眼を持った私の責務だ。そう思っても、弱い心は情けない悲鳴を上げていた。




「……どうした?」




 黙り込んだ私に、ギルバートはそっけない態度で問いかけた。


 ……彼は、私のやったことを見てくれる。冷徹な瞳は、良くも悪くも平等なのだろう。


 感情に左右されず、見たままを分析し、理性的に判断を下す。あの王子様とは正反対だ。




「いいえ。なんでもありません。では早速、その情報をもとに未来を視てみましょう」




 一旦目を閉じて意識を集中させる。


 盗賊団。紫色のリンゴ。それらを想像する。場所を限定せず、周囲へと意識を拡散する。




「強制開眼」




 右眼を開く。


 頭の中に、凄まじい量の情報が流れ込んできた。

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