姪っ子を助けたぬいぐるみ

嶋月聖夏

第1話 姪っ子を助けたぬいぐるみ

「できたあ…!」

 ピンク色のフリルのワンピースを着た、可愛い白猫の

ぬいぐるみを両手に掲げた春香は、満足げな顔で呟いた。


「わあ!可愛い!!」

 三十センチぐらいの、可愛い白猫のぬいぐるみを見て

雪菜はニコニコ顔になる。

「気に入ってくれた?」

 目に入れても痛くないほど溺愛している小学三年生の

姪っ子が喜ぶ顔を見た時、昨日までの苦労が一気に吹っ

飛んだ。これだから、ぬいぐるみ作りはやめられない。

「うん!ありがとう春奈お姉ちゃん!」

 『お姉ちゃん』と呼んでくれるのが、さらに嬉しい。

こないだ離れて暮らしている親から電話で「ぬいぐるみ

ばっかり作ってないで、早く結婚しなさい」と言われて

ちょっとへこんでいたから、自分が作ったぬいぐるみが

姪っ子を笑顔にしたのを見ると、三十になってもぬいぐ

るみを作ってもいいんだ、と肯定されて心から明るくな

った。


「どう?雪菜ちゃんは?」

 一人暮らしのマンションに帰った後、春香はスマホで

姉へ電話してみた。

「もうすごく気に入ったみたいで、部屋でいろんな事を

話しかけているわ」

 四日前、電話で『ぬいぐるみを作ってほしい』と頼ま

れた時、姉の声は少し沈んでいた。だが、今はホッとし

た声で娘の様子を話してくれている。

「そう、よかった」

 ぬいぐるみを渡した後、雪菜へ「このぬいぐるみは

雪菜ちゃんのいろんなお話を聞いてくれるんだよ」と

話しておいたのだ。早速そのぬいぐるみへいろいろな

お話をしてくれている。

「帰りに渡した物は、雪菜ちゃんには見つからないよ

うに、お願いね」

「…言う通りにしたけど、本当に、これで雪菜は元気

になるの…?」

「しばらく様子を見なきゃならないけど、原因が分か

れば対処できるわ」

 学校から帰った時だけでなく、朝も本当は学校に行

きたくないけど無理している姪っ子を助けるため、春

香はある作戦を立てていた。


「しろちゃん、無くしちゃった…」

 泣き顔で、公園から帰ってきた雪菜を見た姉は慌て

て「どうしたの!?」と叫んだ。

「公園で私がトイレに行っている間に、ぬいぐるみを

無くしたみたいなの…」

 一緒に行っていた春香が、申し訳ないという顔で詫

びる。

「春香は謝らないで。さらにぬいぐるみのリュックま

で作ってくれたのに…」

 逆にこちらが詫びなければならないのに…、いう顔

の姉へ、春香は安心させるようにこう言ったのだ。

「大丈夫!すぐ見つかるわ!探しにいってくるから、

雪菜ちゃんはお家で待っててね」

 お腹を押さえていた姪っ子を安心させるように、春

香は雪菜の頭を優しく撫ぜた。


 スマホを片手に歩いていた春香は、姉の家から少し

離れた場所にある一軒家の前で立ち止まった。

 インターホンを鳴らすと、五つほど離れた姉と同じ

くらいの女性の声がする。春香は「雪菜ちゃんの叔母

です」と名乗った。

 どうやら雪菜を知っていたらしく、突然の来訪でも

快く玄関に入れてくれた。上質な服を着た女性へ、春

香は早速ここへ来た理由を話した。

「まあ、うちの子のぬいぐるみを?」

「ええ、公園に雪菜ちゃんと一緒に居た時見かけたも

ので、制作の参考に見せていただきたいのですが…」

 自分が作ったぬいぐるみの写真を見せながら「雪菜

ちゃんの同級生である娘さんが持っている、白猫のぬ

いぐるみを見せてほしい」と、頼む。

 いろいろな可愛いぬいぐるみの写真を見て、母親は

顔をほころばせながら「少しお待ちください」と家の

中へ入っていった。


 少し待つと、雪菜と同じぐらいの少女が母親と一緒

にやって来た。

 やはり上質な服を着ており、雪菜より気が強そうな

感じがする。

「いろんなぬいぐるみを作っている、って本当ですか

!?」

 自己紹介をした後、母親から聞かされたぬいぐるみ

作りの話に目を輝かせていた。

「うん、だからその猫ちゃんのぬいぐるみを見せてほ

しいの」

「いいよ!だからぬいぐるみを作ってくれる?」

 そう言って見せたのは、白猫のぬいぐるみだ。背中

に、黄色の小さなリュックを背負っている。

「可愛いわね~!お母さんに買ってもらったの?」

「ううん!友達が貸してくれたの!」

 満面の笑顔で答える娘の隣で、母親が怪訝な顔にな

る。

「このぬいぐるみ、先ほど写真で見せてもらった、雪

菜ちゃんへあげたぬいぐるみにそっくりですね…?」

「当然ですよ。この子は、私が作ったぬいぐるみです

から」

「…ええっ!?」

 きっぱりと言い切った春香の言葉に、母親は驚きの

顔になった。


「…ゆ、雪菜ちゃんが貸してくれたの!」

 なぜが動揺し始めた娘へ、春香は続けてこう言う。

「いいえ、雪菜ちゃんは貸したりしませんよ。あなた

は日頃からこんな事をしていますから」

 上着のポケットから細長い機械を出した春香は、そ

れを前へ出すとスイッチを押した。

 そこから流れてきたのは、雪菜の声だ。その声は同

級生から酷いイジメを受けている事を、ぬいぐるみへ

何度も話していた。

「貸した物を返さなかったり、他の同級生達へ嘘を吹

き込んで仲間外れにしたり…と、かなり悪質なイジメ

をしていたようですね」

 昨日、姉に頼んで雪菜の部屋のベッドの下に隠して

もらい、自宅へ帰る前に回収したボイスレコーダーを

再生した瞬間から、イジメをしていた同級生への怒り

がわいて来た。

「…う、うそよ!雪菜ちゃんがうそついているの!」

 母親の前で暴露されたことから、慌てて否定する。

「さらに今日、公園で無理やりこのぬいぐるみを奪っ

ていったんです。雪菜ちゃんのお腹を、強く殴って」

 娘がさらに酷い行為をしていた、と知らされ、母親

は信じられない、という顔になる。

「お腹を押さえていたので、公園のトイレへ連れて行

ったんです。個室で見てみたら、お腹を強く殴られた

後がありましたよ」

「…そ、そんなことしてない!」

「そのぬいぐるみの中には、GPSが入っているんです。

私がここへ来たのは、スマホのアプリで位置情報を調

べたからです」

 続けて見せたスマホには、ぬいぐるみの中にあるGP

Sが移動した記録が映し出されていた。公園から、こ

の家までの記録が、はっきりと残っていたのだ。

「…なっ!?」

 まさかそんな物が入っていたとは、娘だけでなく母

親も思わなかった。

「さらに、そのリュックを、ちょっと見せてくれませ

んか?」

 ぬいぐるみが背負っていたリュックを、母親が外し

て渡す。

「このリュックには、お菓子が入っていたんです。も

しかしたら、娘さんのお腹の中に移動したんですか?」

 母親が、娘の口元をよく見ると、今日のおやつにな

かったチョコレートがうっすらとついていた。

「あと、リュックの底にもボイスレコーダーを入れて

置きました。これにも、娘さんがどうやってこのぬい

ぐるみを貸してもらったのか、分かるかもしれません

ね」

 リュックを裏返し、底についていたチャックを開け

る。そこから取り出した小型のボイスレコーダーには、

春香が言ったことが真実だったという証拠が再生され

たのだった。

    

「…まさか、雪菜がイジメにあっていたなんて…」

 祝日の次の日、姉が後悔をにじませながら春香へ電

話してきた。

「雪菜ちゃん、もしイジメの事を話したら借りた物を

捨てる、って脅されていたみたい。私があげたマスコ

ットも借りパクしていたみたいよ」   

 平日の昼休みに、会社の外で電話を取った春香がボ

イスレコーダーから知った情報を話す。

「さっき先生から電話があって、ちゃんと他の同級生

達の誤解を解いた、って。昨日、春香と一緒にぬいぐ

るみを返しに来てくれたうえに謝罪もしてくれたから、

雪菜は安心して学校へ行ったわ」

 昨日、母親が娘の悪事を知った後、ぬいぐるみだけ

でなく今まで無理やり借りた物も返しに来てくれたの

だ。そこで姉は初めて、雪菜がイジメが原因で最近元

気がないと気づいたのだ。

「いじめっ子の方は、昨日母親からたっぷりお説教さ

れたから、もうイジメはしないだろうし、ぬいぐるみ

も戻って来たから、よかったわ」

「本当にありがとう…、雪菜を助けてくれて」

「どういたしまして。また、遊びに行くね」

 明るい声でスマホを切った後、春香は次に作るぬい

ぐるみの事を考えながら、会社へ戻ったのだった。


終わり


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姪っ子を助けたぬいぐるみ 嶋月聖夏 @simazuki

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