月刊 Asian real fantasy

アボリジナルバタースコッチ

4月号

落第中年 Invisible game

 開闢の おとぞきこえし 八洲の

      何処にいずるか せんらんの種


 歌人 永井 華親 1952年6月、作。


 --------ー--------


 1965年4月2日13時、POT國民基金某支局。


 男 松野隆雄は、満面の笑みを浮かべながら、小ぶりな弁当箱を見つめていた。


 曲げわっぱの半分ほどを埋める、つややかな白米。

 主賓は鶏と根菜の煮物。そして端には申し訳程度に添えられた青菜。

 


「美味しいんですか?それ」



 対面に座している後輩、藤野からの問いかけに、彼は皮付きの鶏肉を呑み込んで一息空けて応える。


「まぁまぁだよ。手前味噌だけども、初めてつくった割には上手くいったようだ」




「そうなんですね〜。ワタシお肉食べたことないんで気になっちゃって」




 そう言って藤野は、手元に並べられた椀、そこに注がれている青菜が混じったドロドロの麦粥に視線を向けた。





 <身体改良...>




 生産性向上が、すなわち幸福への道となる訳では必ずしもない。


 20年ほど前から始まった、新生児への施策。




 草食動物の消化器官から培養した微生物を移植することで、朒にくを摂取せずとも蛋白質を得られる身体となる「便微生物移植」



 穀物の不作、疫病などから深刻な食糧難となった1930年代から国が開発、導入を進めてきた技術だ。


 昨今若者は青菜のみでも生きていける身体となる一方、食肉は嗜好品として扱われ一部の富裕老人が薬膳として摂取するのみとなっている。


「松野さんの事だから美味しくて健康的な料理なんでしょうけど、見てるとこう...目がチカチカしますよねコレとか」


 そう言って藤野は煮物の中に入っているニンジンを指差した。


「うぅむ」

 松野は少しばかり首を傾げ、刹那瞳を右上方へ向けた。

 食の多様性の喪失が進む。

 数秒して、憂いを含んだ松野の目はあらためて藤野の輪郭全体を捉える。


 ハリのある肌、少しふっくらとした二の腕が半袖から覗く。

 髪は艶やか。

 さらりとして、空調の風がソレをゆったりとなびかせている。

 松野と対照的に二重の瞼、潤んだ瞳をこちらに向けながら傾聴している。


(なるほど、流石は男性社員一番人気の娘だね。参っちゃうなぁ...)


 周りが聞き耳を立てていることに、ようやく気づいた松野は頭を掻きながら、

「たしかに青菜を食べているだけでヘルスケアもしなくていいなら、その方がいいよね。ニンジンにレンコン、昔は皆んな食べていたけど今は私の個人的な道楽だよ」

 そう言ってニッコリと笑ってみせた。


 藤野も笑い返すと同時に、松野の横をでっぷりとした男が通りかかる。

「おお、松野くん」

「あっ、上崎部長...」

 上崎と呼ばれた男は会釈をした松野の肩をさするようにしながら会話に乱入した。

 この男は松野が以前所属していた部の上長である。

 体型と捻くれた性格から人望はない。


「昼間から、かわいこちゃんとおちゃべりとは随分と偉くなったもんだねぇ」

「...先日読んだ本に、後輩とのコミュニケーションが大切だと本に書いてあったもんですから」


「ほぅ」

 そう言いながら上崎は自分とは別部署に所属する藤野の身体を舐め回すように見つめた。

 藤野は思わず顔をそむける。


 その様子にいたたまれなくなった松野は咄嗟に割って入る。

「ぶ、部長!本には目上の方は我々とは全く視座が違う。まるで鷹のように俯瞰していらっしゃるのだと、そう書かれてもいたんですよ。」

「ん?松野くん...君、なにが言いたい?」

 松野に品定めを遮られた上崎は眉をひそめる。


「そう言えば、一番街に新しい店が出来たんです。飯も旨いし、女将が美人だとかで人気なんですよ」

「ほぅほぅ」

 上崎の目の色が変わった。


「なかなか予約が出来ず、ようやく明日一席分取れたんですが、良かったら部長代わりに言っていただけませんか?最近腹の調子が良くないもので」

「おぅ?うんうん、やっぱり普段からのコミュニケーションは大事だよねぇ松野くん」

「えぇ、そうですね」

「先達が断るというのもいかがなものか。その申し出、不本意ながら受けさせてもらうよぉ。ハハハッ!」


 上崎は先程とはうってかわって、毛穴が開いた顔を声をあげながらくちゃくちゃにした。


「あっそう言えば松野くん。川崎会頭がおいでになっているんだよ。なんでも突然いらっしゃって、君と話がしたいとおっしゃったらしい」

「えっ、あの財友聯合会の川崎信之ですか!?」


 松野は驚愕の表情を浮かべた。

 川崎信之とは、この国を代表するフィクサーだったからだ。

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