第35話「護ったものは、きっと……」

城門から凱旋した俺たちは、大歓声の元に出迎えられた。


門が開き最初に見えたのは、護送用と思わしき馬車を用意して待機していた衛兵たち。


「ご助力、感謝致します!」

「後のことは我々が。このゴブリンたちは、責任を持って護送します」


ユスティとその部下たちはそのまま衛兵たちに引き渡され、連行されていった。

氷を溶かすと、既に戦意を失ったゴブリンたちは大人しく手枷をはめられる。


上司の大ポカで死にかけた事で懲りたらしい。

そして黒焦げになったユスティは、縄で念入りに縛られた上で収監されていた。


牢獄で反省……してくれるといいんだけどなぁ。

何はともあれ、一件落着か。


「皆様~!」


そこへ俺たちを呼ぶ声がした。


こちらに向かって手を振りながら、息を切らして走ってくる修道女の姿が。間違いない、レイアさんだ。

俺たちの前まで来ると、レイアさんは肩で息をしながら立ち止まった。


息を整えている間に、腕輪の宝玉に二回触れる。

すると、身体を包んでいた勇者の鎧は光の粒になって消滅した。


「皆様、よくぞご無事で!」

「ありがとうございます、レイアさんのおかげで、なんとか勝てました」

「いえ、そんな! 私はただ、見守る事しかできませんでしたから……」

「いいえ。レイアさんが街の人たちに声をかけてくれたから、俺たちはユスティの化けの皮を剥がすことが出来たんです。みんな、そうだよな?」


振り返ると、皆も笑って頷いていた。


「そうそう! レイアさん居なかったら、アイツら倒せても街は大変なことになってたかもしれなかったしよ! マジ助かったぜ、ありがとな!」

「本当に助かったわ。レイアちゃん、本当にありがとう」

「私の作戦が成功したのは、レイアさんがいたおかげだよ。だからありがとう。あと、おつかれさま~」

「俺たちは戦うことしか出来ませんから……。本当に、ありがとうございます」

「皆様……」


感謝の言葉を受けて、レイアさんの頬に涙が流れた。


「あ、あらやだ。私ったら……」

「ハンカチ、使っていいわよ」

「ありがとうございます。その……嬉しくて、つい……」


弓宮さんに借りたハンカチで目頭を押さえると、レイアさんは俺たち一人一人の顔を見回した。


「まずは、この国を守ってくださったことに感謝を。そして……よくぞ無事に戻ってきてくれました。私はそれだけで、とても嬉しいです」

「レイアさん……」


涙を拭いたレイアさんの顔には、安堵の笑みが浮かんでいた。

今まで他人から向けられたことのない表情に、思わずドキッとしてしまう。


勝利を喜ぶ笑みではなく、帰ってきた事への安堵から来る笑み。

この人は、俺たちの身を本気で案じてくれていたんだな……。


「では、そろそろ行きましょう!」

「行くって、どちらに?」

「馬車を用意しています。早い内に出発しないと、記者に囲まれますよ!」

「この世界にもマスコミいんのかよ……」


既に周囲には、俺たちを取り囲むように大勢の人たちが集まっていた。

このままだと、モミクチャにされて出発までの時間が遅れてしまうことは想像に難くない。


「案内、お願いします」

「では、こちらに……」

「勇者様!」


レイアさんの後に続こうとしたその時、背後から呼び止める男の声。

振り返ると、そこには靴屋のシューマンさんが、人垣を抜けて飛び出してくるところだった。


「シューマンさん!」

「これを、どうか受け取ってくだされ」


シューマンさんが取り出したのは、幾重にも折り畳まれた紙だった。

なんか見た事あるような……薬包紙だっけ?


「これは?」

「ゴブリン族に伝わる秘薬です。効能は毒から熱病にまで、多岐に渡ります。旅の途中、お役に立つ事がありましょう」

「いいんですか、貰ってしまって!?」

「これは私の気持ちです。遠慮の必要はありません」


そう言ってシューマンさんは、薬包紙を俺の手に握らせる。

万病の秘薬か……。確かに持ってて損は無いだろう。俺は素直に受け取る事にした。


「今日、貴方がたが戦ったのはただの侵略者ではない。我々魔族の現在いまと未来を脅かす悪意から、それらを護ったのです。このご恩は、この街に生きる全ての者が忘れません」


シューマンさんの後方には、何人もの魔族がこちらを見つめていた。

おそらく、さっき魔法板越しに聞いた声の主たちだろう。

店主らしき服装だったり、子連れだったり、色んな姿が並んでいる。


大きく手を振ると、あちらも手を振り替えしてくれた。

シューマンさんの言葉通り、この人たちはこれからも、この街で生きていくのだろう。

差別や偏見と闘いながら。或いは、真っ直ぐ向き合ってくれる人々と支え合いながら。


「皆様、当店はまたのご利用をお待ちしております」

「皆さん、ありがとうございます。それじゃあ、行ってきます」


シューマンさんと握手を交わした後、俺たちはレイアさんの後に続いて馬車の方へと向かう。

背中に雨のような喝采と、感謝の声を受けながら。

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