第10話「あんたがなりたいヒーローって、なに?」
客間に着いた後、気づけば他の4人は各々どこかへ行ってしまったようだ。
眼鏡の青年は、部屋に着くなりメイド長さんを口説こうとして軽くあしらわれた後、外をぶらついて来ると言って出ていった。王様の態度に一番イライラしていただろうし、頭の中を整理したいんだろう。
その次に、お淑やかそうな女性も出ていった。
こちらははっきりと、「頭を整理してきたい」と言っていた。
落ち着いたら戻ってくる、とも言っていたので後で会話する機会もあるだろう。
男子高校生は、その後に続いて行った。
オドオドした様子だったし、ガタイの良さに反して人見知りする子なのかもしれない。
そして最後に女子高生。
現在進行形で俺の心を悩ませる、爆弾のような問いを投げかけてきた少女は、「行きたいところがある」と言って出ていったきりだ。
好奇心旺盛な子なのかもしれない。
そして俺はと言うと、しばらく客間に一人で残っていたわけだが。
じっとしてても何も解決しないだろうと思い、こうして廊下を道なりに歩き続けている。
考え事をする時は、身体を動かすのが一番だ。
足を進めながら、あの問いを反芻する。
『ねえ、お兄さんはどうして、あんな簡単に引き受けられたの?』
何故、世界を救うために命をかけようと思ったのか。そんなこと、考えるまでもなかった。
だって、俺は……ヒーローになりたいんだから。
だけど、それを言語化するのは少し憚られた。
何せその動機は、あまりにも──。
「……ん?」
窓側から射し込む光量が変わった気がして、ふと思考を停止する。
顔を向けると、そこはテラスへの入口になっていた。
ちょうど歩くのにも飽きていたし、広々とした場所で風を受けつつ景色でも眺めてみるかと、軽い気持ちで外へ出る。
眼前に広がっていた光景に、俺は圧倒された。
「おわぁ……」
思わず言葉を失う。
地平の向こうまで広がる青空の下には、中世ヨーロッパを思わせる異国の街並みが広がっていたからだ。
白亜の城壁で囲まれた城塞都市。まるでミニチュアのような光景だが、そこにはきっとこの世界で生きる人々と、その生活が在るのだろう。
今までアニメや小説、映画なんかでしか見た事がない風景が、現実として目の前に存在している。この瞬間、俺は実感させられた。
あぁ……俺、異世界にやって来たんだな……。
しかし、目に映る街並みは綺麗なばかりではなかった。
「あれは……?」
街のあちこちに、建物の損壊が見られる。
サイやゾウなどのような姿をした獣たちが、建築の手伝いをしているようだ。この世界では、ああいった獣たちが重機の代わりなんだろうか?
「魔王軍に壊されたのよ」
「っ!?」
いきなり背後から声をかけられたことで、思わず肩が跳ね上がる。
振り返ると、そこには銀髪の少女が立っていた。
さっき謁見の間で見かけた顔だ。
「王女様、でよろしいでしょうか?」
失礼のないように、確認する。
あの場にいたのだから、おそらくそうなのだろうが念のためだ。
しかし、こうして近くで見ると綺麗な人だ。
伸ばした銀髪は、陽光を浴びてキラキラと煌めいている。整った顔立ちに、王族らしい威厳を感じさせる顔つき。真っ直ぐに伸びた背筋は、彼女の性格が真面目なものだと主張するかのようだ。
年齢は19といったところだろうか。
「そうよ。他の何に見えるわけ?」
「いえ。ご無礼があってはならないと思いまして」
「ふぅん。礼節はしっかりできるみたいね」
「初対面の、それも王族相手にでかい態度を取ろうもんなら、噛みついてやるつもりだったんだがな」
王女様とは別の低い男の声がした。
視線を下げると、王女様の足下には大型犬くらいの大きさの狼がいる。王女様の銀髪に負けず劣らず、綺麗な毛並みをしている。
「……今その狼、喋りませんでした?」
「へぇ、そっちの世界じゃ喋る狼はいないのか」
「喋ったぁぁぁぁ!?」
目を丸くしていると、狼が喋った。
驚きのあまり、思わず後退る。
「ヴァン、勇者様たちの世界には聖獣も魔獣もいないのよ」
「ってことは、何の力もない“獣”だけがいるわけか? そりゃあ腰も抜けるか。脅かして悪かったな」
「ど……どうも……」
ヴァンと呼ばれた喋る狼は、呆気に取られる俺を見て笑った。
「俺はヴァン、リアの護衛だ。よろしくな、勇者サマ」
「えっと……俺は龍也。剣城龍也だ」
「タツヤだな。覚えておくぜ」
「おう、こちらこそ」
ヴァンは前足を片方、俺の方へと差し伸べる。
多分、握手だろう。俺は腰を下ろすと、その前足を握り返す。肉球が、意外とプニプニしていた。
「そしてこちらにおわすが、このリュコス王国の第二王女……」
「セントリア=レギナよ。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします。セントリア王女」
ヴァンの前足を話すと、そのまま膝をつく形で王女に頭を垂れる。
すると王女は、何故かため息をついた。
あれ? 俺、何か間違えてたのか?
立てる膝、左の方だったっけ?
「タツヤ、だっけ。その敬語、しばらくやめてくれないかしら?」
「はい?」
「この会話の間だけでもいいわ。あなたの方が年上なんでしょう?」
「それはそうなのですが……」
本人がそう言っているとはいえ、相手は王族だ。
社会人たるもの、年下でも目上の相手には敬語を使うのが基本だろう。
しかし、そんな俺の遠慮に王女様は苛立っているらしい。
すごく据わった目で俺の顔をのぞき込むと、人差し指をビッと向けてきた。
「私はあんたの本音が聞きたいの。だから取り繕わず、普段の話し方で答えて。これは命令よ」
「わ、わかった……」
王女様の圧に押され、俺は彼女の命令を了承した。
「ヴァン、しばらく外してもらえるかしら?」
「わかった。何かあったら呼べよ」
そう言うと、ヴァンはテラスと廊下を繋ぐガラス扉の方へと下がっていく。
二人きりになったところで、王女は俺に話しかけてきた。
「それで、王女様がいったい何用で?」
「あんたに聞きたいことがあるの。正直に答えてくれれば、悪いようにはしないわ」
そう言うと王女様は腰を上げ、テラスの手すりに身を委ねる。
「タツヤ、あんたどうしてあんな安請け合いしちゃったわけ?」
「安請け合いって?」
「クソ親父に世界救えって言われて、二つ返事で引き受けたじゃない」
王女様にまで言われるのか……。
改めて、自分があそこでどれだけの発言をしたのかが身に沁みる。
「どうして、見ず知らずの世界を救うために、命をかけようと思ったわけ? 普通、もっと悩むものじゃないの?」
「困っている人がいたら助けるのが当たり前だろ?」
「それができる人間ばかりじゃないのよ」
「それは……」
王女の言葉に、俺は自分の心境を振り返る。
やっぱり衝動に依る部分が大きい。
俺はあの瞬間、それを当然の答えとして口にした。
よく考えると本当に軽率なことしたなぁ、と思う。
だって異世界だぞ? 魔法とか魔物とか出てくるんだぞ?
そんなファンタジーな世界にいきなり連れてこられて、「世界を救ってくれ!」なんて言われたんだから。
冷静に考えてみると、ちょっとは戸惑ったり悩んだりするもんだと思う。
何らかの力が与えられたわけでもなさそうなら、なおさらだ。
だとすれば、あれはそういった冷静さを全て吹っ飛ばして出てきた言葉なんだろう。
あの衝動の正体を言葉にするとすれば、やっぱり……。
「……聞いても笑わないか?」
「笑うって?」
王女様はキョトンとした顔で首を傾げた。
「これ言うと、笑われることが多いからさ」
「何よそれ? 言いなさいよ、気になるじゃない」
俺はスゥっと深呼吸する。
覚悟を決めると、俺は口を開いた。
「俺の夢は、ヒーローになることなんだ」
「ヒーローって、なに?」
リア王女は再び、小鳥のように首を傾げた。
あー……そうか。この世界にはヒーローって概念がないのか。
「そうだなぁ。分かりやすく言うと、英雄……みたいな?」
「はぁ!? あんた、英雄になりたくてあのクソ親父の命令受けたの!?」
王女は目を丸くして声を上げた。信じられない、といった顔だ。
そういう反応は予想していなかったので、少し驚く。
「バッカじゃないの!? 英雄なんてのは、なろうとしてなるものじゃないのよ? そこ分かってんの?」
「そんな事は百も承知だよ! でも、そうじゃないんだ」
「どこがよ!?」
王女は眉をひそめながら、怪しげに俺の顔を見る。
正直、ここまで憤慨されるとは……。世界が違うと、言葉の重みも変わってくるのがよく分かった。
「ヒーローっていうのは、そんな単純じゃないんだ。英雄って言い方もあるけど、もっとこう……色んな意味を内包しているんだよ」
「例えば?」
「そこが難しいんだ。人によって定義が異なるんだよ」
いざ面と向かって説明しろ、だなんて言われると本当に難しいな。
でも、ここで説明できないのも、ヒーローオタクの名が廃る。なるべく王女様にわかる言葉で喩えなければ……。
「困難に挑む人だったり、弱きを助け悪を挫く人だったり。英雄って呼ばれるほど、高尚な人じゃなくてもなれたりするものなんだ」
「よく分からないわね……」
「うーん……」
腕を組んで頭を悩ませる。
正直、俺もよく分かっていないんだけど、どう言えば伝わるかな?
「タツヤ、あんたの言葉で説明してみなさいよ。あんたのなりたい、そのヒーローってやつについて」
「俺の言葉で?」
「そう。さっきからあんた、広義的な意味で説明しようとしてるでしょ」
「あっ……」
王女の言葉にハッとした。
確かに俺は、ここまで俺自身にとってのヒーローの話をしていない。
それじゃ納得できないはずだ。
「あんたがなりたいヒーローって、なに? それは命をかけるほどの理由になるの?」
王女の問い掛けに、俺は改めて自分の心と向き合う。
……そう、俺は今まで自分自身に向きあえていなかったんだ。
分かりきった動機なのに、どこかで目を背けていた。
何せその動機は、あまりにも子供じみていて恥ずかしかったから。
そして、その子供じみた動機で世界を救う使命を受けた事に、どこか負い目を感じていたからだ。
だけど、そこで自分自身から逃げてたら、きっとなれるものにもなれないだろう。
俺はもう一度深く息をする。
この王女様はきっと、俺の夢を笑わない。
面と向かって向き合ってくれているからこそ、さっきも憤慨していたんだ。
ならば、俺もその真摯さに応えなければならない。
俺は今一度、自分の夢を口に――
そのとき、激しく揺れが城を襲った。
「な、なんだ!?」
「地震!? きゃっ!」
「危ない!」
王女様がバランスを崩す。
俺は咄嗟に彼女の手を引くと、手すりから離れて姿勢を低くした。
揺れはすぐに収まった。
「大丈夫か?」
「え、えぇ……」
王女は顔を赤くしながら小さく返事をした。
「……あっ、悪い」
思わず彼女の手を握ってしまったままだった事に気がつく。
俺は慌てて手を離すと、気まずさを感じて視線を逸らした。
「あ、ありがと……」
「お、おう……。それより、今の揺れは?」
「リア! 無事か!?」
周囲を見回していると、ヴァンが駆け寄ってきた。
「私もタツヤも無事よ。それより今のは?」
「地下だ! 城の地下で何かあったらしい!」
「地下?」
地下に何かあるのか?
俺がそう聞こうとした瞬間だった。
「……れい……びょう?」
「え?」
「なに!?」
俺の脳裏に、声が響いた。
「行かなきゃ……」
「タツヤ? あんた何言って……」
脳裏に響く声が、俺に道を指し示す。
「こっちか!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「おい! どこ行く気だ!?」
脳裏に響く声に導かれ、俺は走り出した。
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